経営資源(リソース)不足で困難に直面していた「竹島水族館」(愛知県蒲郡市)の奇跡のV字回復を、マーベル人気映画『アイアンマン』製作と交差させながら、成功要因を整理します。その際、テレビ東京の「カンブリア宮殿【“キモカワ”深海生物でV字回復を実現した水族館の舞台裏!】」(2024年8月15日放送)、ビジネスフォーラム「Marunouchi Brand Forum」ウェブサイトの公開情報などを参照します。
ないない尽くしの水族館?
「古い、ボロい、小さい」「お金がない、知名度がない、人気の生き物がいない」。ないない尽くしの「六重苦」にあえいでいた愛知県蒲郡市の市営「竹島水族館」。通称「たけすい」には、日本一の「ショボい水族館」(?)として、かつて「ショボすい」という不名誉なニックネームもつけられていたそうです。
その弱小水族館が年間来場者数8万人から40万人へと驚きのV字回復を実現。成功の立役者は若き水族館長?小林龍二氏。どんなときも「夢をあきらめない」「好きなことをやり続ける」。仲間とともに斬新でユニークなアイデアで「聖域なき改革」を断行し、行列のできる超人気水族館によみがえらせたのです。

深海生物の展示種類数ナンバー1
竹島水族館は、愛知県の蒲郡市(がまごおり)にある水族館。常時550種類前後、約5,000匹の生き物を展示/公開しています。迫力満点で愉快なアシカショーもあります。深海生物の展示種類数ナンバー1。そして、水族館なのになぜかカピパラもいます。
「指定管理者制度」(民間事業者が公共施設を運営することで民間のノウハウやアイデアを活かす仕組み)も導入。【大人(高校生以上)】1,200円(500円)【小中学生(4歳以上から中学生)】500円(200円)。( )は蒲郡市民入館料【幼児(3歳以下)】無料。電車ならJR「名古屋」駅から「蒲郡」駅下車、徒歩約15分。クルマなら東名高速道路「音羽蒲郡IC」から約15分。
館長の小林龍二氏のプロフィールを簡単に紹介しましょう。1981年愛知県蒲郡市生まれ。蒲郡高校卒業後、北里大学水産学部(現海洋生命科学部)を卒業し、Uターン就職で竹島水族館に勤める。様々な反抗と改革を繰り返して入館者増を図り、2015年より館長に就任。閉館の話が浮上した過去最低の約12万人から約40万人に年間入館数を回復させた。
人間環境大学客員教授、専門学校ルネサンスペットアカデミー講師。市広報誌へ「読む水族館」10年以上連載中。著書「竹島水族館の本」(風媒社)、「へんなおさかな竹島水族館の魚歴書」(あさ出版)(「Marunouchi Brand Forum」ウェブサイトより)。
竹島水族館は1956年の開館以来61年間、ハード面がほとんど変化していない古い水族館でした。2010年には、年間入館者が12万人まで落ち込み、廃館も検討されまし。数々のアイデアと行動力で閉館の危機を救った小林氏の原動力は「魚への愛」でした。小林氏は、漁師だった祖父の影響で幼い頃から魚が大好きだったそうです。
小林氏は、就職活動で100社以上の面接を受け、内定を得たのは地元の竹島水族館だけだったとのこと。予算不足に不満を感じつつも、小さい頃から大好きな魚の世話ができることに喜びを感じていました。でも、2005年に入館者数が過去最低を記録し、存続の危機に直面。職を失いたくない小林氏は、全国の人気水族館を視察しヒントを探し続けました。
そこで、小林氏は来館者が魚の生態パネルをあまり読んでいないことに気づき、手書きのポップを掲示するアイデアを思いついたのです。これが大きな反響を呼び、さらに深海生物に直接触れることができる「タッチングプール」などを導入。入館者数は増加し、飼育員の意識改革も進み、来館者もさらに増加したのでした。
タイプ文字に比べ、10倍以上の人が読んでくれる手作り解説板
逆境のなかで、小林龍二館長(当時主任)がとった打ち手をもう少し詳細にみてみましょう。第1は、前述の解説板による新しい魅力づくり。他の水族館では利用者のほとんどが読まない解説板で勝負に出ました。よくありがちな生物学的知識は二の次にし、食用としての知識、名前の面白さ、笑えるダジャレ、トリビア情報など、利用者の興味を惹くことを中心に変更。そのほとんどはスタッフの手書き。
実は手書き解説は、展示スタッフの気持ちが伝わることで読ませる力が強く、タイプ文字の10倍以上の人が読むそうです。「ハリセンボン ワタシにウソをつくと針千本飲ませるわよ! あ、1000本も針無いんだった」。先輩スタッフからの反対にもかかわらず、一見「貧乏くさい」と思われがちな手書きの弱点を、見事に強みに転換させたのです。
魚にスターがいないなら、スタッフをスターに育て上げる!
第2が、スタッフ自身の改革です。それまで隠れるようにして観覧通路に出てこなかった飼育スタッフを説得して、積極的に観覧側に出て客と会話をさせるようにしました。ゲテモノ好きのスタッフに、展示している深海生物を片っ端から食べてみて、その味をレポートする役目を要請しました。そのあまりに挑戦的なレポートはネット上でも大人気となり、テレビにも出演するほどに。人気の魚がいないなら、スタッフ自身を展示物にしてしまおうとする戦略です。
第3が、深海生物のタッチングプール「さわりんぷーる」を含む、深海生物展示コーナーを新設。「世界最大のカニ、タカアシガニにも触(さわ)れる!」を売り文句にオープン。このとき、「今年度の入館者が16万人に達しなかったら、男性職員全員坊主になる」の公約込みの前代未聞のプレスリリースを配信。面白がったマスコミによってメディア発信は大成功し、それを見てさらに面白がった地元市民が、応援に来館してくれるようになりました。
第4がユニークな展示手法。カサゴの水槽にはホームセンターで売られている穴の開いたコンクリートブロックが積まれています。ひとつひとつの穴に、ボクシングの歴代世界チャンピオンの名前にちなみ「ぐしけん205」、「わじま206」、「ガッツ207」などとマジックで書かれています。その穴にカサゴが入ると、「ああ、このカサゴは205号室のぐしけんさんなのか」と親しみがわきます。
ウツボの水槽には、昔使われていた陶器製の水道管がいくつも置かれています。それぞれにウツボが隠れるようにヌルっと入り込んでいます。目が小さくて歯が鋭く、狂暴そうな見た目をしたウツボが50匹、水道管から来場者に向けて顔をのぞかせる。その様子には、ホラー映画にも似た「独特の迫力」があります。
「オオグソクムシせんべい」や「カピバラの落し物」
第5に、お土産コーナーもたくさんのアイデアが詰まっています。オオグソクムシを原料に使った「オオグソクムシせんべい」、カピバラの形をしたパッケージのお尻の部分からチョコが出てくる「カピバラの落し物」などが並び、いずれも大ヒット商品になっています。
小さなステージにオタリア(アシカ科)が1 頭だけ登場するアシカショーは、小林館長自らが現役でトレーナーを務め、調子の悪いときの「謝罪ショー」までをも有名にしました。またおそらく世界唯一のカピバラショーでは、カピバラが指示に従うことは全くないのですが、それが面白いと大人気となっています。カピバラが水族館へやってきたのは館の意向ではありませんでしたが、それでもスターに仕立て上げたのです。
女性ファンクラブ「たいすけエンジェルス」
久々に来館すれば、飼育スタッフの顔が見え、アットホームな水族館になっていることに親しみを感じる。それまで売れなかった年間パスポートが売れはじめ、なんと「たけすいエンジェルス」という名称の女性ファンクラブまで誕生。その女性たちが平日の昼間を盛り上げてくれるのです。
2024年秋、竹島水族館は大規模なリニューアルを実施。既存の施設隣に総額6.5億円を投じて新館を建設し、敷地面積は約2倍に拡張。新館の目玉は、なんと7メートルの巨大深海水槽。小林館長は、この壮大なリニューアルを実現するため、地元の建設会社と協力して新会社を設立。さらに、公共施設の建設や運営に民間と行政が連携するPFI(Public Finance Initiative、民間資金/ノウハウ活用型公共事業)制度を活用し、竹島水族館をより集客力のある施設へと進化させようとしています。こうした不断の取り組みにより、「たけすい」は新たな可能性を広げています。
低コストのイノベーション、マーベル映画『アイアンマン』との共通点!
この小規模な竹島水族館が、若きリーダー、小林館長の創意工夫によって人気スポットへと成長した成功事例を知ったとき、初期の米国マーベル?スタジオ(Marvel Studio)の「低コストでのイノベーション」(Innovating on the cheap)と共通点があると感じました。この概念は、米国テキサスクリスチャン大学M.J.ニーリー経営大学院のランス?A?ベッテンコート(Scott L. Bettencourt)教授が経営学専門誌『Harvard Business Review』(2011年6月号)で発表した論文に由来します。
アメコミ(アメリカンコミック)バブルの崩壊で経営危機に陥っていたマーベル?スタジオが、2008年に公開した『アイアンマン』(Iron Man)は、単なる大ヒット映画にとどまらず、エンターテインメント業界の「低コストでのイノベーション」(Innovating on the cheap)の好例といえます。
Iron Man (2008) (By Netflix Japan)
当時のマーベルは、大手ハリウッドスタジオに比べ予算やスターのキャスティング力が不足していましたが、次のような戦略でその壁を乗り越えました。
第1に、リスクを取ったキャスティングです。トニー?スターク役に抜擢されたロバート?ダウニー?Jr.は、過去にトラブルを抱えていたため、当初は議論を呼ぶ選択でした。しかし、彼のカリスマ性がキャラクターにぴったり当てはまり、彼が高額なギャラ(出演料)を要求しなかったため、低コストで効果的なキャスティングが実現。
また、当時のグウィネス?パルトローも「観客を呼べる」トップスターとはみなされていませんでした。一方、彼女のほうも、妊娠中だったため撮影スケジュールの柔軟な調整を求めていました。結果、マーベル側と彼女の信頼関係が築かれ、パルトローは「ヴァージニア?ポッツ」としてMCUの中で重要な役割を果たし続け、大成功のキャスティングになりました。
第2が「選択肢が限られていた」ことです。財務危機により、マーベルはスパイダーマンやX-Menといった人気キャラクターの権利を他のスタジオに譲渡しており、アイアンマンのような比較的知名度の低いキャラクターを映画化せざるを得ませんでした。しかし、この困難な状況は、むしろマーベルに創造性を発揮させ、革新的なアプローチを生み出すチャンスを与えてくれたのです。
第3に、実物効果とCGの融合です。予算を抑えつつもビジュアルに妥協しないために、アイアンマンのスーツを部分的に実物で制作し、高価なCGアニメーションへの依存を減らしました。幸運にも、この工夫により、映像のリアルさと低コストの両立が実現しました。
映画『アイアンマン』は、1.4億ドル(154億円)の低予算で制作され、世界で約5.9億ドル(649億円)の興行収入を記録。この成功が、複数のマーベル映画やドラマが1つの大きなストーリーに繋がっている「MCU」(マーベル?シネマティック?ユニバース)の基盤を築きました。ちなみに、、ジョニー?デップ主演の人気シリーズ第3弾『パイレーツ?オブ?カリビアン/ワールド?エンド』(2007、ウォルト?ディズニー?ピクチャーズ)の製作費は3.4億ドル(約375億万円)。
竹島水族館と『アイアンマン』から学べる教訓は、限られた予算の中でも適切な才能の選定、創意工夫、戦略的なリスクテイク、そして情熱と覚悟があれば、大きな成功をつかむことができるということです。「低コストのイノベーション」(Innovating on the cheap)は、事業費不足で悩んでいる企業やビジネスパーソンに大きな勇気とインスピレーションを与えてくれるでしょう。