暗号のような語句がオンパレードの広告。日本のフェイスマスクのリーディングカンパニー?Dr.ルルルン社が首都圏を走る京急本線(京浜急行)の駅に(過去に)掲出したポスターが大反響を呼びました。では、実際にその暗号を解読しながら、(時間を遡って)その広告の企画背景や成功の要因を探ってみましょう。
CATが出現して、14フォックスのPAXから???
Dr.ルルルン株式会社(東京都渋谷区、旧社名:グライド?エンタープライズ)。同社は、2011年7月より美容フェイスマスク「LuLuLun」(ルルルン)を製造販売する、日本のフェイスマスクのリーディングカンパニーです。
少しタイムスリップしましょう。2019年9月11日、そのDr.ルルルン社が、首都圏を走る京急本線(京浜急行)の複数駅で、次のようなポスターを掲出。キャッチコピーは「早パタ、遅パタ、バタバタな皆さまへ」。これに続く文章は、暗号のような語句のオンパレード。しかし、実は一部の職業に就く人ならば、簡単に「解読」できるメッセージでした。(『J-CASTトレンド』記事 [2019.09.11])。
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早パタ、遅パタ、バタバタな皆様へ、突然のスケチェンからのプリブリ、4レグ、お疲れさまです。CATが出現して、14フォックスのPAXからCallボタンが止まらない。そんなハラハラな日も。帰りはDHで、明日はサブローとして搭乗。そんなウキウキな日も。T/OからL/Dまで、ラバチェックしているときも、クルーバンクにいるときも、21チャーリーのPAXにOJ出しているそのときも、乾燥したキャビンで、お肌はずっと働いています。キャビンアテンダントの皆さま、たまには、ゆっくりLuLuLunしませんか?
すべての働く肌を応援しています。LuLuLun (出所:Dr.ルルルン株式会社)
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上記の広告に散りばめられた言葉は航空会社のCA(客室乗務員)が業務中に使う「専門用語」。つまり、この広告は(羽田空港を利用する)「CAにしか分からない」ルルルンからの応援メッセージだったのです。ちなみに、業界国内大手2社のANA(全日本空輸)のCAの総数は8,000名、JAL(日本航空)のCAは国内外合わせて7,000名といわれています。
CAという「狭いターゲットへの訴求」に面白み
J-CASTトレンドの取材によると、広告制作を手がけた電通の三戸健太郎氏(当時)は、企画の背景を「ルルルンは『肌への潤い』を提案する商品。誰に使ってもらうのがよいか考えた時、乾燥した機内で仕事をされているCAの方が思い浮かんだ」と解説。
三戸氏は、「CA業界には専門用語がたくさんある」と、元CAから聞いたことを思い出し、実際に「CA用語」についてアドバイスを受けながら企画/制作を進めたと舞台裏を披露。
三戸氏から広告案を提示されたDr.ルルルン(旧グライド?エンタープライズ)の金子はるか氏(当時)も、次のように企画意図を説明。
「これまでのルルルンの広告は『乾燥の季節』とか『日焼けした肌に~』といった、大きい括りでの訴求ばかりだった。今回の企画案を見て、最初は何を言っているかわからなかった。それでも、あえて狭い所に訴求する点に面白みを感じた」
「なにこれウケる!」という好反応
広告掲出後、実際のCAの皆さんから『なにこれウケる』『他の人は絶対に分からないでしょ』というポジティブなリアクションが返ってきたそうです。三戸氏は「専門用語を使うことで、『身内感』を覚えてもらえたのでは」とその大きな反響の要因を分析。当時、このポスターは品川駅や穴守稲荷駅など羽田空港と近く、CAの利用が多い京急電鉄の5駅で掲出されたそうです。
では、J-CASTトレンドの記事、Asumi氏のYouTube動画(元CAが教える海外旅行メディア【トリップアテンダント】)、インターネット上の情報をもとに、LuLuLunの広告に記載された暗号を解読してみましょう。
スタンバイ時には、空耳で電話の音が聞こえる?
「スケチェン」は「スケジュールチェンジ」。最近の若者にはこれは簡単かも。続く「早パタ」は早い出社パターンの略で、早い時間(主に午前中から)から始まるパターンのこと。パターンとは一泊二日、二泊三日などひとまとまりのフライトのこと。「遅パタ」も遅い時間(主に午後から)から始まるパターンのこと。
ここには出てきませんが「スタンバイ」という用語もあります。自宅待機、あるいは空港待機業務のこと。機材変更(運航予定だった機体以外の機体の臨時代走)や欠員が出た際に呼び出されるための待機。電話が鳴ったら必ず出ないと業務不履行になってしまうので油断はできないそうです。実際、電話が鳴っていないのに「空耳」で電話の音が聞こえるというのは客室乗務員の間での「あるある話」。
「ブリーフィング」(Briefing)とは同乗者全員で行う乗務前の打ち合わせ。その日のサービス内容や緊急時の対応などを確認。フライト前の打ち合わせ「Pre-Briefing」(プリブリーフィング)を略して「プリブリ」。フライト後の打ち合わせ「De-Briefing」(デブリーフィング)を略してデブリ。
「4レグ」は1日で「4便乗務」。JALでは「今日は4レッグ(Leg)なの」、ANAでは「今日は4ラン(Landing)なの」と表現が異なるというネット情報を発見。
「CAT」とは猫ではなく、「Clear Air Turbulence」(晴天乱気流)の略語。季節の変わり目によく発生する突然の大きな揺れです。「Call ボタン」は呼び出しボタン。
聞き間違えを避けるフォネティックコードは米軍発祥
「14フォックス」は座席番号「14-F」の意味。キツネではありません。フォックスというような表現は「フォネティックコード」(音声コード)と呼ばれます。フォネティックコードとは、元々は米軍が通信時に単語の聞き間違いがおこることを懸念して使いはじめたもの。CAも航空会社によっては国籍がバラバラで発音の違いがあること、さらには、飛行中の騒音によりCA同士のコミュニケーションで聞き間違えが起こるのを防ぐために使われるそうです。
A = アルファ B = ブラボー C = チャーリー D = デルタ
E = エコー F = フォックス G = ゴルフ H = ホテル
J = ジュリエット K = キング
なお、アルファベットの「I」は数字の「1」と混同しやすいため、使用しないそうです。
「PAX」(パックス)とは「passenger」の略で搭乗されるお客様、つまり乗客のこと。地上職員から手渡される、乗客に関する情報は「PAX INFO」(Passenger Information)や「PIL」(Passenger Information List)と呼ばれるそうです。
DHとサブロー、そしてラバチェック
DH(Deadhead[ing])は「デッドヘッド」、つまり「業務移動のため飛行機に乗車すること」。業務の一環として乗客として搭乗した社員を「(有償旅客としての)頭数に数えない」という意味に由来。世界のどの航空会社でも使用されている用語だそうです。
「サブロー」は「Subject to Load」を日本語的に略したもの。お客様の予約状況次第のプライベートな搭乗を意味しているそうです。サブロー(SUBJECT TO LOAD) 、まるで人の名前みたいですが???それから、フェリー(フライト)という言葉も。回送(回航)便のことでで、機体の移動や輸送を目的として、運行。PAX(旅客)が搭乗することはなく、運航乗務員やCAのみあるいは、CAが搭乗しない場合も。
T/O は「take-off」で離陸。L/D は「landing」で着陸。「OJ」はオレンジジュース。「21チャーリー」は座席番号「21-C」。「キャビン」とは「航空機の客室部分の総称」。「キャビン」(cabin)の語源は、ラテン語で「小屋」や「小さな家」を意味し、「船」の船室に由来するとされます。
「ラバチェック」。何かをチェックする、ということは分かります。機内で「ラバ」と言えば…その通り!「ラバトリー」(トイレ)のことです。「ラバチェックお願いします」は、「トイレ清掃をお願いします」を意味。
「クルーバンク」は飛行機の機内でCAやパイロットが仮眠をとる場所。天井は低くしゃがまないと通れないスペースで、寝台列車のようにベッドが並んでいいます。クルーレスト( Crew Rest)とも呼ばれます。たとえばボーイング787やエアバスA350などの新しい航空機では客室の上、胴体上部に設置されているそうです。
この広告には出てきませんでしたが「ジャンプシート」(jump seat)という言葉も有名なようです。これは、客室またはコックピットにある折りたたみ式の座席で、乗務員が離陸、着陸、およびその他の飛行の段階で使用します。「このフライトでは後部のジャンプシートに座ります。」(I’ll be stationed at the aft jumpseat during this flight.)後部を意味する「aft」(アフト)や前部(fore、フォア、fore jumpseat)もよく使われそうです。
リンゴウとジャーゴン
ここまで見てきたルルルンの広告のCA用語は、いわゆる「リンゴウ」(lingo: 専門用語)や「ジャーゴン」(jargon: 業界用語)に該当します。lingoはもともと「外国語」を意味し、語源は「lingua」(舌)に由来。現在人気の無料英語学習アプリ「Duolingo」(デュオリンゴ、Duo(2つの)+ lingo)の名称にも使用されています。jargonの語源は、古フランス語で、「さえずり」や「言葉を発すること」を指すそうです。
こうしたリンゴウ/ジャーゴンが適切に使用された場合、いくつかのポジティブな効果があるとされます。
第1が「コミュニケーションの効率化」です。リンゴウやジャーゴンは、特定のグループ、職業、または業界内の人々がより迅速かつ正確にコミュニケーションを取るのに役立ちます。例えば、技術的な用語や業界特有の略語は、複雑なアイデアを簡潔に伝えることができ、時間を節約できます。
第2が「アイデンティティと連帯感の形成」です。共通のリンゴウ/ジャーゴンは、グループ内でのアイデンティティを強化し、帰属意識やコミュニティ感を生み出します。これにより、同じ知識や目標を持つ人々の間で団結感が高まります。こうした現象は、職業団体、サブカルチャー、学問分野などで見られます。
精度の向上と専門性の認識
第3が「精度の向上」です。特定のリンゴウ/ジャーゴンを使用することで、「曖昧さ」を減らすことができます。話し手と聞き手がその用語を理解していれば、コミュニケーションはより正確になり、誤解が減少します。これは、法律、医学、工学、科学などの分野で特に顕著です。
第4が「専門性の認識」です。リンゴウ/ジャーゴンは、しばしば専門知識や内部の知識を示すものとして機能します。これにより、プロフェッショナルとアマチュアを区別し、ある分野での習熟度や能力を示すことができます。
リンゴウ/ジャーゴンが「創造性/革新」を促進
第5が「創造性と革新の促進」です。テクノロジーやアートなど、特定のコンテクスト(context、文脈)ではリンゴウ/ジャーゴンが急速に進化し、新しい考え方や創造的なアプローチを促進することがあります。新しいアイデアや技法のためのショートハンド(略記法)として機能することで、イノベーション(革新)を促進します。
この「創造性と革新の促進」をもう少し具体的に説明しましょう。人間にとって言葉は、単なるコミュニケーションの手段にとどまらず、人間の思考を整理し、概念を明確化し、新しい発想を生み出す力を持っています。言葉が生み出す概念が共有されることで、個人の思考を超えて社会全体に新しい変化や価値をもたらします。
たとえば、「インターネット」(The Internet)という言葉。この言葉が生まれる前は、その技術や概念を簡単に説明する方法がありませんでした。この言葉が定着/普及することで、人々はその価値や可能性を具体的に考えるようになり、関連する新しい技術やサービスが次々と生まれました。さらに、最近のトレンドワードのDX(デジタル?トランスフォーメーション)、生成AI、ESG(Environmental, Social, Governance)、イマーシブ(没入感)、3Dプリンター、DEI(DE&I、Diversity, Equity & Inclusion:ディー?イー?アイ)なども同様の例です。
適切なコンテクスト(文脈)での使用
もちろん、以上のようなリンゴウやジャーゴンが、適切なコンテクスト(文脈)で使用されることが重要です。過度に使用したり、誤って適用したりすると、用語に馴染みのない人々に混乱を招く可能性もあります。
「言葉は心の中の光であり、思いやりと知恵があればその輝きはさらに増す。」(エドワード?ブルワー=リットン)
「ペンは剣よりも強し」(The pen is mightier than the sword) の名言で知られるイギリス人作家のこの格言が示すように、言葉は人と人とをつなぐ大切な手段です。リンゴウ/ジャーゴンを含め、状況や相手に応じて適切な言葉を選び、心地よいコミュニケーションを築くことを心がけたいです。
それでは、皆さん、どうぞ本日も、クリアスカイのように澄み渡る心で、穏やかなソフトランディングを迎える一日をお過ごしください!