「人間の知能指数に近く、気は優しくて力持ち」。ゴリラのイメージをマーケティングの「フック」として活用し、大ヒット商品となった「ゴリラの鼻くそ」と「ゴリラのひとつかみ」の成功の要因を追跡します。
ゴリラの知能指数は日本人の平均値に近い!
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『ゴリラ』(Gorilla)。霊長目(れいちょうもく)ヒト科ゴリラ属に分類される動物。オスの身長は約170cm、体重が約155kgでメスは約130cm、90kg。100mを11秒で走る。自分の体重の27倍までの重さのモノを持ち上げることが可能。握力は400~500kgw(推定)で人間の10倍。外見からは強くて荒々しい性格に映りますが、実際のゴリラは温和で繊細な性格で平和を好む動物。
ゴリラの知能指数(IQ)は平均で70~95。日本人の平均的IQ100と比べても、極めて知能が高い動物です。なお、チンパンジーの平均IQは50。
ゴリラの生息地はアフリカ中央部の東と西に分かれ、「ヒガシゴリラ」「ニシゴリラ」と2種で、そこからそれぞれ2種類の亜種に分化。
絶滅危惧種に指定されているゴリラは、日本国内に20頭
ニシゴリラは、IUCN(国際自然保護連合)の「レッドリスト」(赤色の絶滅危惧種リスト)に指定されています。
(公社)日本動物園水族館協会によると、ゴリラの国内の飼育頭数は1989~90年の約50頭をピークに減少の一途をたどり、現在は6施設でいずれもニシゴリラが計20頭。うち千葉市動物公園には国内最多の6頭が所在(出所:竹中美貴氏「絶滅危惧種のニシゴリラ、野生に近い環境を 千葉市動物公園がCF」[『朝日新聞デジタル』2024年5月28日])。
ベネッセ「子どもが喜ぶ動物ランキング」第12位
通信教育/出版事業大手のベネッセ(Benesse)が発表した「子どもが喜ぶ動物ランキング」(2021年3月31日、調査対象:小中学生の保護者)では、ゴリラは第12位。「ベスト5」が、パンダ、ペンギン、ライオン、ゾウ、レッサーパンダ。
6位から10位にキリン、コアラ、トラ、リス、シロクマ。11位がカピバラ、そして12位がゴリラ。
「頭が良くて、気は優しくて力持ち」そうしたゴリラの好イメージが、商品の販売促進(マーケティング)でも大きな力を発揮し成功している事例があります。いくつか紹介しましょう。
黒豆薄甘納豆「ゴリラの鼻くそ」
第1の事例が「ゴリラの鼻くそ」です。この商品は、良質の黒大豆を使い、オーソドックスに仕上げた黒豆薄甘納豆です。島根県出雲市平田町の和菓子有限会社 岡伊三郎商店(屋号:笑売堂、代表取締役 岡 慎太郎 氏)が製造販売。
「ゴリラの鼻くそ」は全国の動物園などで販売され、「えっ?それ何」と興味を引きクスッと笑えるユニークなネーミングから、バレンタイン、ホワイトデー、企業内イベントの景品、企業の粗品、父の日?母の日のプレゼント、結婚式の二次会用引き出物などでも人気です。ゴリラの鼻くそ」という名称は2000年に商標出願され登録。アメリカでも「Gorilla boogers」(ゴリラ?ブーガー)の名称で販売(boogerの意味は「鼻くそ」)。
「ゴリラの鼻くそ」公式Webサイトの情報をもとに商品化の経緯を確認しておきましょう。もともとは、島根県平田市という人口たったの3万人の街で岡社長は酒屋を営業。過疎化と、コンビニやディスカウンターの進出で経営も難しくなっていました。そんな時、子息が東京の大学に行くことになり、資金が必要になりました。なんとかしなければと、妻の実家が作っている黒豆の薄甘納豆でも売ろうかと考えたそうです。
落語的発想「こりゃ、おもしろい。商品名にしたら売れるのではないか」
黒豆の薄甘納豆をお茶うけに地元の落語仲間と雑談していときのこと。ボソッと「なんか、『ゴリラの鼻くそ』みたいだな、これは。しわしわで真っ黒で」という運命の言葉が発せられました。岡社長は、「こりゃ、おもしろい。それを商品名にしたら売れるのではないか」とそのときピーンときたのです。
実は岡社長のライフワークは「笑い」。酒屋時代にも地元で落語同好会を作り、プロの落語家を招いて定期的に寄席を開催。「笑いも酒も健康のもと」という考えで、結果としてお客さんとの関係づくりにも成功。
「ゴリラの鼻くそ」のパッケージ裏面には「笑い一番 味一番」というキャッチコピーと「笑いと黒豆は健康のもと」という文章を印刷されています。「笑売堂」(しょうばいどう)という屋号も登録。
「笑いとして成立するギリギリのところでセーフ」
「笑い」に関して一家言をもつ岡社長。(前述のとおり)「ゴリラの鼻くそ」という言葉を耳にしたときに、「笑いとして成立するギリギリのところでセーフだ」、そして「ギリギリだから過激でおもしろい。」と思ったそうです。
もちろん、「過激なネーミング」に対して会社の全員が反対。岡社長の妻も「お父さん、ふざけるんじゃない、そんな名前のお菓子が売れるわけないでしょ。第一、恥ずかしくて嫌だ」と反論。ほかの人たちからも「反対するのもバカバカしい」と、けんもほろろの「あしらい」。
しかし、岡社長は、へこたれませんでした。自分の信念と感性に自信があったからです。その後、「ゴリラの鼻くそ」は年間400万個も売れる大ヒット長寿商品になったのです。
岡社長の発想/実行力からは、たとえばモータースポーツ最高峰のF1ドライバーが「勝利のために、壁ギリギリを攻める」プロフェッショナル性に類似した要素が導き出せます。
ゴリラにつかまれたようなハイパワーのふくらはぎケア商品
第2の事例が「ゴリラのひとつかみ」です。まるでゴリラにつかまれたようなハイパワーのふくらはぎケア商品。ふくらはぎの疲労と悩みに「痛きもちイイ」がやみつきになる強力ポンプ&エアバッグです。製造/販売するのは、生活関連用品の企画?開発?販売を行う株式会社「ドウシシャ」(大阪市中央区東心斎橋、代表取締役社?: 野村 正幸 氏)。
この「ゴリラのひとつかみ」は、2024年2月の発売から4カ月ほどで50万個を超えるヒットを達成。インパクトがあってユニークな名前のため、ソーシャルメディアでも「バズり」ました。同年6月には足裏ケア用の「ゴリラのひとつき」も登場し商品のシリーズ化。「ゴリラのひとつかみ」は、『日経トレンディ』(2024年11月1日)の【ヒット商品ベスト30】で19位にランキング。
「ゴリラのひとつかみ」略して「ゴリつか」
白物家電専門情報サイト『家電Watch』の記事(小口 覺 氏「入社2年若手が名付けた『ゴリラのひとつかみ』(「ゴリつか」)なぜ生まれた?」2024年4月5日)などをもとにヒットの背景を追跡しましょう。『家電Watch』の記事では、製品開発の担当者であり命名者である、「ドウシシャ」家電事業部(家電商品ディヴィジョン)水島英恵 氏へのインタビューが紹介されています。水島氏の発言から、成功のポイントを抽出してみましょう。
第1が製品開発です。「ゴリつか」は、他社に比べて少し小さめのサイズ感が特徴。開発の過程で、エアバッグが小さい分、簡単に空気がいっぱいになり、めちゃくちゃ強い圧がかかるようになってしまったそうです。ただ実際に使ってみると、「めちゃくちゃ足がすっきりするので、使用感としてはバッチシだよね」という優れた製品が誕生。
ネーミングでは、小中学生でもわかるように、そして動物にこだわった!
第2が商品(製品)名、「ネーミング」です。ヒントは、他社の事例で、普通の商品名を変えたことで売上が17倍に伸びたという記事。「このハイパワーを分かりやすく伝えたらいけるんじゃないか」。それで、ゴリラが足をつかんでいるイメージが浮かんだそうです。
強いと思うものを考えたときに、すぐにゴリラに着目。「TVのアナウンサーの人が話す際、小中学生でもわかるように伝えようと意識されているように、大人が知識として持っている名前とかではなく、誰が見てもイメージが伝わるものがいいと、動物にこだわった」発想がポイント。
やみつきになるふくらはぎケア「ゴリラのひとつかみ」(By DOSHISHA Marche)
「マーケット」(市場)に一番近いところにいる人の意見を聞く!
第3が、机上(きじょう)だけでなく「マーケット」(市場)に一番近いところにいる人の意見を参照したところと、その「行動力/実践力」です。「ハイパワー○○」「大根足○○」といった商品名の候補もあったなかで、多くの人に刺さって共感してもらえたのが「ゴリラ」。ただ、健康家電で「そういう攻めたネーミングでの売り方」には疑問が呈され、同社の事業部長から水島氏に「(製品の)絵を描いてそのままアポイントを取って売りに行け」と指示が出たそうです。
「バイヤーさんへのアポを営業さんに取ってもらい、今のパッケージの元になっている手描きのイラストを見せて説明させてもらったところ、前のめりで話を聞いていただき、注文してもらえました???営業さんもビックリしていましたが、それでこの商品の可能性を認めてもらった感じでしたね。」と水島氏は述べています。
発売して1カ月半で、受注ベースで10万個達成。「X」で話題になった次の週のランキングでは「フットマッサージャーランキング」の10位中7位まで全部「ゴリラのひとつかみ」が独占。
価格のライバルとして「着圧レギンス」を想定!
第4が優れた価格設定です。他社のふくらはぎのケアアイテムで一番売れているのは2~3万円程度の状況で、水島氏が意識したのは「着圧(ちゃくあつ)レギンス」。
多くの女性が関心を持つ「スリムウォーク」や「メディキュット」などの価格が3,000円から4,000円。そうした女性の生活者が試してくれるような価格帯を意識し、片足用で5,000円(税別)に設定。とにかく一度試してもらって、良かったらクチコミが広がり、もう一個買ってもらえるかもしれないという強い期待も込められています。結果として、SNSでバズる前から売れ始めたので、価格的な要素も奏功したと、水島氏は分析。
「あえてパッケージに製品写真を使わない!」で社内を説得!
第5が商品の「パッケージ」です。社内からはまず、商品のビジュアルを載せるべきという意見が出されたそうです。「店頭にサンプルが置いてあったとしても、写真がないってどうなの?」という考えにもとづいた提案です。入社して2年目の若手の水島氏でしたが、40~50代のベテラン営業担当者たちに「嫌です!」(笑)と、そこは完全拒否。
水島氏は、次のような論法で社内の反対意見を説得。「大体、この商品の写真を見て、欲しいってなりますか? だったら、まずは『何だろ、これ?』と、パッケージを手に取ってもらうことにこだわった方がいいと思って、ゴリラの顔を大きくして足を掴んでるインパクトのあるイラストにしました」
ゴリラが足を掴んでいるイラストで商品の使い方がある程度伝わり、かつ「透明の窓」をつけることで、商品のカラーが視認できるように工夫。ゴリラのイラストについても「もっと怖い顔のほうがいい」という意見も出たなか、こだわりを持って社内を説得し「女性に手に取ってほしいからかわいらしい顔」を採用。
水島氏の遊び心と創造性、そして、信念と感性が強く伝わってくるエピソードです。
「ティーザー広告」でシリーズ情報を発信し関心を引きつける!
第6が、SNS戦略です。シリーズ展開として、第2弾は足裏用、さらにハンドケアなど身体の部位別での展開を計画。「X」のユーザー/フォロワーが商品サイトに飛ぶと、商品サイトの一番下に第2弾の予告を軽く掲出。
「情報小出し」で関心をそそる「ティーザー」広告のように商品のシルエット提示の仕掛けをほどこした結果、「次どんな名前になるんだろう?」といったポジティブな反応がX内で発生。正式発表前の企画として、ネットを巻き込んで盛り上げる手法も検討/実施中です。
米国の場合、ゴリラのイメージで製品の強さ/耐久性をアピール
第3の事例として、米国にもゴリラを商品名にした商品があります。ゴリラ?グルー社(The Gorilla Glue Company)の「ゴリラ?グルー」(Gorilla Glue )は接着剤製品のNo.1ブランド。非常に強力な接着力と防水性で知られ、家庭での修理からプロ使用まで幅広く愛用されています。同じブランド内に、その強度と多用途性で知られている「ゴリラ?テープ」(Gorilla Tape)もあります。
また、ロゴマークにゴリラをデザインしたゴリラ社が製造/販売する「ゴリラ?カート」(Gorilla Carts)もあります。造園や住宅改修作業で重い荷物を扱うために設計された、耐久性のあるガーデン?カートとユーティリティ?カートです。
「ゴリラ」という言葉を商品名に取り入れることで、アメリカの消費者にポジティブで強力なイメージを喚起するメタファー(比喩)的効果が期待できるようです。「強さと耐久性」「保護と安全、そして安心感」「支配力と自信」「冒険と野生の魅力」。
「フック」とはターゲット顧客の注意を引く「仕掛け」
ここで紹介した「ゴリラの鼻くそ」や「ゴリラのひとつかみ」はマーケティングにおける 「フック 」(hook)に該当します。ターゲット顧客の注意を引き、特定の製品、サービス、コンテンツへの興味を即座に喚起するように設計された説得力のある戦略(仕掛け)や要素を指します。
主な目的は、最初から顧客を惹きつけ、その興味を維持することで、記憶、購入、情報の共有/拡散など、企業にとって望ましい行動を促すこと。「hook」には、「引っ掛ける」「かぎ針」という意味があります。
効果的なフックは、短く、パンチが効いていて、ターゲット顧客に関連したものでなければなりません。興味をそそる見出し、特別なオファー、挑戦的な質問、視覚的に訴えるデザイン/コンテンツ。フックがターゲット顧客と感情的につながり、製品やサービスが提供するメリットやソリューション(解決策)を強調することが重要となります。
フックは「きっかけ」であり、「最終的には製品の質」が裏打ち!
現代のような競争が激しいデジタル環境では、ノイズ(無意味な情報)や情報過多の中で目立つために、よく練られたフックが不可欠です。特に、ソーシャルメディア(SNS)は、「フック」を展開するための理想的なプラットフォーム/チャネル(媒体/経路)となっています。
しかし、フックだけでは十分ではなく、顧客に生み出された期待に応える価値ある一貫した「製品の質」で裏打ちされなければなりません。顧客の関心を引きつけ、長く続く顧客関係を構築/維持する第一条件は、やはり製品/サービスの質なのです。「ゴリラの鼻くそ」や「ゴリラのひとつかみ」の成功の本当の理由はそこにあるのだと思います。ジネスモデルや製品の有効性が低下する場合を意味します。