バスケットボールの基本テクニックにもある「ピボット戦略」(大転換)の概要と、画像/共有アプリ「Instagram」とスキンケアローション「シーブリーズ」の成功事例を紹介し、「ピボット戦略」の導入のタイミングを整理します。
バスケの基本テク「ピボット」
バスケットボールでよく使われる「ピボットターン」(pivot turn)。左右どちらかの足を軸(または中心点)にして右に回る、あるいは左に回る動き。軸となる中心の足が床から離れなければどのように動くのも可。相手(ディフェンス)を撹乱させる基本テクニックであり、ピボット(pivot)とは、英語で「回転軸」のこと。
ビジネスの世界でも、「ピボット戦略」(pivot strategy)という言葉が使われます。「戦略」とは、目標を設定して計画的に進んでいく「作戦」という意味。ビジネスでは、「回転軸」(pivot)という意味が転じて、ピボット戦略は「事業転換」や「方向転換」を指します。
「ピボット戦略」とは、企業の主要なビジネスモデル(収益をあげる仕組み)や製品/サービスの方向性を大きく転換することを意味します。現在のアプローチ(接近法)が市場の変化や競争、製品の問題(例:陳腐化/時代遅れ)などによって機能しなくなった場合に「ピボット」が行われます。ピボット戦略の目的は、新しい市場ニーズや変化に適応することです。そのため、この戦略には、提供する製品/サービス、ターゲットとする顧客層、さらには価値提案(value proposition)そのものを変更することが伴います。
ピボットとリブランディング
この「ピボット(pivot)」には、多くの場合、「リブランディング(rebranding)」が密接に関係します。
「リブランディング」では企業や製品/サービスのイメージや認知度を変えることに重点を置きます。これは、企業名、ロゴ、メッセージ、ビジュアルアイデンティティ(たとえばパッケージ)を変更し、顧客がその企業/製品/サービスをどのように見るかを再構築することを目指します。リブランディングは、企業が市場での存在感を維持し、競合との差別化を図り、新しい顧客層にアピールするために行われることが多く、必ずしも製品やサービス自体を根本的に変更するものではありません。
ピボットとリブランディングは、補完的な関係にあるといえるかもしれません。企業がピボットを行うと、消費者や利害関係者にその変化を伝えるためにリブランディングが必要になることがあります。例えば、物理的な製品を販売していた企業がデジタルサービスを提供する方向に転換する場合、「ブランドアイデンティティ」(企業が顧客にどう思ってもらいたいかを表現するもの)もこの新しいデジタル中心のアプローチを反映する必要があるでしょう。「ブランドアイデンティティ」とは「企業が顧客にどう思ってもらいたいかを表現するもの」です。
企業はピボット戦略の実施とともに、市場(マーケット)との整合性を維持する必要があります。ピボット後のリブランディングは、新しい使命、ビジョン、または市場の焦点にブランドイメージを再調整するのに役立ちます。たとえば、大人をターゲットにしていた商品を、中高校生向けにピボットする場合、パッケージ、キャッチフレーズなど中高生向けに変更することが求められます。
Instagramの前身となる「Burbn」(バーボン)誕生
ここで、ピボット戦略の2つの成功例を紹介しましょう。
2009年10月21日、米国でInstagram(画像/動画共有ソーシャルメディア)の前身となる「Burbn」(バーボン)という位置情報の共有サービスが誕生しました。入店したレストランの位置情報や、今自分が遊んでいる場所を友人たちにシェアできる、いわゆる「チェックイン」機能(位置情報の自動検知)をメインとしたアプリでした。しかしサービスをスタートしてみると、ユーザーに最も好まれて使われていた機能は「写真つき」の位置情報シェア機能だったことから、Burbnは画像のシェアサービスにピボットしていきました。
「Burbn」という名称は、共同創業者たちが愛していたバーボンウイスキーへの情熱から生まれたものでした。共同創業者の一人であるケビン?シストロム(Kevin Systrom)氏は、個人的にウイスキーに興味を持っていました。「Bourbon」 (Whiskey)の綴りがスタイライズ(stylized、ユニークに再構築)さされた「Burbn」は、リラックスしたソーシャルな雰囲気を反映したクールで独特な名前だと感じていました。
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友人と一緒にお酒を楽しむような温かさやコミュニティ感
この名前は、友人と一緒にお酒を楽しむような温かさやコミュニティ感、個人的なつながりを想起させるものでした。つまり、「Burbn」は場所に基づいたソーシャルアプリとして構想され、ユーザーが様々な場所で「チェックイン」したり、写真を共有したり、友人と楽しくカジュアルに繋がることを目的としていました。
BurbnからInstagramへの「転換点」(pivot)は、共同創業者のケビン?シストロム氏とマイク?クリーガー(Michael Krieger)氏が、シンプルさと焦点の明確化が成功の鍵であることに気づいた瞬間でした。当初、Burbnは多機能な場所ベースのソーシャルアプリで、ユーザーがチェックインしたり、写真を共有したり、ゲームを楽しむことができました。しかし、機能が多すぎてユーザー体験が複雑になり、注目を集めることができませんでした。これらの兆候は、アプリのパフォーマンスやユーザーからのフィードバックに基づいていました。
写真共有に特化する「ピボット戦略」
そこで、シストロム氏とクリーガー氏は、BurbnからInstagramへの転換が必要であると認識したのです。この問題を認識した二人は、大胆にもBurbnの多くの機能を取り除き、写真共有という際立つ要素に絞ることを決断。ユーザー体験を簡潔で直感的なものにし、美しい写真を共有することに特化したのです。
このシフトにより、Instagramが誕生しました。その特徴的なクリーンなデザイン、芸術的なフィルター、そしてソーシャル共有の機能が「強み」としてブラッシュアップされたのです。2010年10月12日、BurbnはInstagramに名称が変更され、写真共有アプリとして再スタートしました。
この「シンプルさ」、すなわち、単一の機能に焦点を絞るという決断がゲームチェンジャー(革新的な出来事/大変革)となり、アプリが乱立し競争が激化していたソーシャルメディア市場でInstagramを際立たせ、爆発的な成長と世界的な成功への道を切り開く結果となりました。
「Instant(瞬時)」と「Telegram(電報)」の組み合わせ
写真共有機能に特化する方向転換に合わせて、新しい名前(リブランディング)が必要になりました。それが、現在の名称である「Instagram」です。「Instant(瞬時)」は、写真をすぐに撮影して共有できるという即時性を表現。「Telegram(電報)」は、かつての電報のように、素早くメッセージを伝えるという意味。
この「Instagram」という名称はキャッチー(catchy:人気になりやすい)で覚えやすく、現代的な響きがあり、マーケティング面でも適していました。また、「友人と瞬時に楽しく瞬間を共有する」というアプリの目的をよく反映した名称でした。
こうしたピボット戦略にもとづき、BurbnはInstagramへと生まれ変わり、やがて世界的なソーシャルメディアとして大成功を収めることになったのです。
2012年に、Facebook(現Meta)のマーク?ザッカーバーグ氏が、当時総社員数13名のInstagramを10億ドル($1=?150なら、1,500億円)で買収。大きなニュースになりました。
現在、Instagramは、世界の月間ユーザー数14億7,800万人(2022年1月時点)、日本国内の月間利用者数6,600万人以上(2023年12月時点)を誇る巨大ソーシャルメディアとなっています。なお、Instagram(当初Burbn)の共同創業者シストロム氏とクリーガー氏は、すでにInstagramから去り、現在新規事業に取り組んでいます。
1902年、スキンケアローション「シーブリーズ」誕生
株式会社ファイントゥデイ資生堂が製造/販売する「シーブリーズ」(SEA BREEZE)もピボット戦略の成功例としてよく取り上げられます。同社ウェッブサイトやウェッブマーケティング情報サイト「キャククル」(運営:Zenken株式会社)の情報をもとに内容を確認しましょう。
1903年、ライト兄弟が初飛行に成功した前年の1902年。アメリカ?メイン州の「J.W.ブルックス&カンパニー」で、薬剤師の「ブルックス」の手によってシーブリーズが誕生しました。肌のほてりや切り傷の殺菌消毒、虫刺されなど多目的に使える家庭の常備スキンケアローションとして普及しました。日本では、1969年、理美容院を中心に正式に販売がスタート。
肌に塗るとスーッとする冷たい感触。特に、夏場を中心に、サーフィンなどのマリンスポーツファンの都会の若者に人気となり、1982年には家族から若者へとターゲットを変更。若者に人気のタレントを起用し、夏や海をイメージするCMを大量投下し、夏の定番ブランドとして成長/浸透。特に、杉山清貴、ZOO、TRF、ZARD(敬称略)など、若い世代に人気のアーティストの楽曲をテレビCMに採用し、アクティブでスポーティーなイメージを確立。
しかし、時代の流れとともに売り上げが低迷。2007年には売り上げが大不振となりました。ターゲットにしてきた20~30代の男性が海に行かなくなったことが原因でした。そして時代遅れのブランドイメージになっていたのです。
救世主になったのが「部活後の恋する女子高生」
そうしたなか、救世主になったのが「部活後の女子高生」。リサーチの結果、「高校の運動部の部活後、とりわけ女子高生が『制汗剤』として使いたがっている」という潜在ニーズを発見。同時に、シーブリーズの名前が示唆する「海風」のイメージが、「高校生の部活の爽やかさ」と調和することも解明。
2024年 新WEBCM「瞬間!爽快シャワー」篇(デオ&ウォーター)|シーブリーズ(By SEA BREAZE 公式サイト)
このとき、大胆な「ピボット」が行われます。シーブリーズのターゲットを、従来の「マリンスポーツの後に汗を拭く20?30代の男性」から「部活後に好きな男の子に会うために汗を拭く、恋する女子高生」に大転換。つまり製品コンセプトが「日焼けケア」「スポーティーでカッコよく」から「汗ケア」「ポップで身近」へと大胆にピボットさせたのです。
この「ピボット」にともない、女子高校生に向けに、パッケージを刷新し、CMなどのプロモーションも、大きく変更。パッケージは、海を連想させる白地にブルーのロゴから、女子高校生に受けるようなカラーや香りのバリエーションを増やしました。合わせて、ブランドメッセージ「アセのち、ハレ!」を女子高生向けに発信。
CMの前提も「部活後に好きな男の子に会うのに汗を気にする女子高生」へと変更。その結果、狙った通りに、女子高生を中心に大ヒット。わずか1年で、売上はV字回復し、低迷期の8倍の売上を記録したのです。
ピボット戦略の導入のタイミングは?
では、ピボット戦略を導入するタイミング/時期の判断基準をどのように考えればいいのでしょうか。
第1が、市場のシグナルと顧客からのフィードバックです。製品やサービスが顧客のニーズや期待に応えていないというフィードバックが継続的に見られる場合、ピボットを検討する時期です。
第2が、目標の財務指標の未達成です。予想された収益、成長目標、利益率が期待を下回る場合が想定されます。
第3が競合商品の圧力(プレッシャー)です。競合他社が異なるビジネスモデルや製品、ターゲット市場で成功を収めている場合を意味します。
第4が製品のマーケット?フィット(市場適合性)です。自社の製品が強い需要に応えることができない場合、製品やサービスの方向性やターゲット市場を見直すサインとなります。
第5が市場の変化や技術の進展です。技術、規制、消費者行動の環境変化により、当初のビジネスモデルや製品の有効性が低下する場合を意味します。