映画『侍タイムスリッパー』。2024年8月17日に池袋シネマ?ロサ(東京)のみの単館上映でスタート。その後、クチコミの嵐が巻き起こり、現在、上映は全国228館まで拡大中(2024年10月時点)。あの「カメラを止めるな!」現象の再現かと大きな期待が集まっています。『侍タイムスリッパー』のミラクル劇の要因を専門家の見解を参照しながら整理します。
映画『侍タイムスリッパー』巨大なクチコミ効果で大人気爆進中!
2024年8月17日、映画『侍タイムスリッパー』は池袋シネマ?ロサ(東京)のみの単館上映で公開されました。その後、絶賛のクチコミの嵐が巻き起こって、現在、上映は全国228館まで拡大中です(2024年10月現在)。
製作費300万円で1,000倍の30億円越えの興行収入をたたき出した、あの「カメラを止めるな!」現象の再現かと、大きな注目が集まっています。
「侍タイムスリッパー」(略して「侍タイ」(サムタイ))のストーリーの骨格は「幕末の侍の現代へのタイムスリップもの」で「時代劇+人間ドラマ+手に汗握るチャンバラ活劇」。
最初の舞台は幕末の京都の夜。幕府側の会津藩士の主人公が、倒幕派長州藩士との死闘のさなか、落雷に打たれてしまう。目を覚ますと、そこは「現代」の時代劇撮影所。舞台は「現代」に移り、140年前の江戸幕府の滅亡を知り絶望する主人公。しかし、彼は「現代の時代劇」に心を打たれる。優しい人々の助けを借りて、やがて本物の武士としての剣術を武器にして、現代の時代劇の「斬られ役」として生きていく決意をする???
この「侍タイムスリッパー」は、「拳銃と目玉焼」(2014年)「ごはん」(2017年)に続く未来映画社の劇場映画第三弾。監督?脚本?撮影は安田淳一氏。出演は、山口馬木也氏、冨家ノリマサ氏、沙倉ゆうの氏、峰蘭太郎氏ほか。
映画『侍タイムスリッパ―』(By ギャガ公式チャンネル)
安田淳一監督のプロフィールは次のとおり。京都府出身。大学卒業後、さまざまな仕事を経てビデオ撮影業者に。『拳銃と目玉焼』(2014年)で映画初監督。2作目の『ごはん』(17年)はイベント上映などで38ヵ月のロングラン。2023年、父の逝去により実家の米作り農家を継ぎ、コメ農家兼映画監督として活躍中(「週プレNEWS」(2024年10月5日、小山田裕哉氏記事より))。
最初は「自主映画で時代劇を撮る」という無謀な企画だった!
「侍タイムスリッパー」の製作経緯を、同作の公式ウェッブサイトや日経MJ記事(2024年10月18日)などにもとづき確認しておきましょう。
最初は「自主映画で時代劇を撮る」と言う無謀な企画だったそうです。新型コロナ禍のもと、資金集めにも苦労しあきらめかけた安田監督。そのとき、「脚本がオモロいから、なんとかしてやりたい」と、他ならぬ東映京都撮影所が救いの手を差し伸べたのです。
このとき、10名たらずの自主映画のロケ隊が時代劇の聖地、東映京都で撮影を敢行する前代未聞の映画制作がスタート。半年間に及ぶ悪戦苦闘ののち、映画は無事に完成。2023年10月京都国際映画祭で初披露された際、客席からの大きな笑い声、そして、エンドロールでの自然発生的な万雷の拍手が沸き起こったのです。
NHK大河ドラマ1話当たりの製作費がおよそ8,000万円と報じられる昨今、「侍タイ」の総予算は2,600万円。内訳は、安田監督の愛車ホンダNSX(スポーツカー)の売却額500万円、安田監督の預金1,500万円、そして文化庁からの補助金600万円。低予算のなか、安田監督は、監督業にくわえ、撮影や編集など11役を担当。制作スタッフは主婦、学生中心の10名。
案の定、「初号」完成時に、安田監督の貯金残高は7,000円に減少。安田監督はのちに「地獄を見た」と本音を吐露しています
映画の「初号」(しょごう)とは、一般の観客やお世話になった方々に見せる前に、最終チェックをするための試写会です。「1号」以前の試写という意味で「0号」(ゼロ号)とも呼ばれます。 「試写会」以前の試写という意味です。「0号試写会」では、各パートのスタッフが、目を皿のようにして作品をチェックするそうです。
上映館の拡大に向けた「TOHOシネマズ」の「アジャイル思考」
ここで、2018年に起こった先行事例の「カメラを止めるな!」現象を確認しておきましょう。
同作は、上田慎一郎監督による、37分間にわたるワンカットのゾンビ?サバイバル映画。ある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画を撮影中に、本物を求める監督は中々OKを出さずテイク数は42まで達してしまう。そんななか、俳優/スタッフに本物のゾンビが襲いかかる。その状況を大喜びしながら撮影を続ける監督と、次々とゾンビ化していく撮影隊スタッフ。映画は、撮影が混迷していく状況を描き出します。「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2018」で観客賞を受賞するなど、国内外の映画祭で大きな話題となりました。
この「カメ止め」は、観客を通じた巨大なクチコミ効果もあり、(前述のとおり)総予算が300万円だったにもかかわらず、その1,000倍の興行収入31億円を稼ぎ出しました。その結果、伝説的な低予算自主製作ヒット映画として歴史にその名前を刻みました。
コピーライター/メディアコンサルタントの境 治(さかいおさむ)氏が、「カメ止め」のヒット要因を明快に分析しているので紹介しましょう(情報サイト「AdverTimes」2018年9月26日記事)。
第1が、「映画上映館を拡大」するためのTOHOシネマズの迅速な決断です。この映画は、2018年6月23日にたった2館(池袋のシネマ?ロサと新宿K’s cinema)のいわゆるミニシアターで上映がスタート。
ところが連日満員でなかなかチケットがとれない。映画の後半では笑い声がどっと響き?終わると拍手万雷。この様子を見て、TOHOシネマズが1ヶ月後の7月25日に上映館の拡大を決断。映画業界的には「公開1カ月後」の大幅拡大の決定はありえないそうです。それも、話題作が目白押しの「夏休みの稼ぎどき」において、「普通はありえない」迅速/適切かつ大胆な判断だと、境氏は評価しています。
TOHOシネマズのこの判断は「アジャイル思考」(agile mindset/agile thinking)の代表例だと評価できます。「アジャイル」(agile)とは「素早い」「機敏な」という意味。この思考は、柔軟性と迅速な対応力により、市場の急激な変化に合わせた素早い調整が可能となる考え方です。元々はソフトウェアの開発手法のひとつで、初めから全工程にわたる計画をきっちり立てて実行するのではなく、まずは小さな単位で試しつつ、修正を繰り返しながら徐々にその完成度を高めていく発想/手法を指します。
「カメラを止めるな!」の、巨大なクチコミ「とにかく映画館で見て」!
第2が「クチコミ効果の巨大な広がり」です。まずは、ポイント、ポイントでインフルエンサー的な著名人が情報発信。それが、水道橋博士氏やAKB48の指原莉乃氏です。フォロワー数222万人(当時)の指原氏が「見に行って欲しい!」とツイートすれば?何万人か、あるいはもっと多くの人々の行動促進につながったと推測できます。
この映画の場合、ネタバレできないし、口頭で内容を説明するのもそれほど簡単ではありません。「とにかく、映画館に行って見て!」といった感じで、友人、家族、会社の同僚に強く勧められれば、「そこまで言われるたら、とにかく見てみるか」ということになります。
第3が「判官贔屓」(ほうがんびいき)効果です。不遇の英雄、弱者や敗者、また実力や才能はあるのにしかるべく待遇のえられない者たちに同情し応援したくなる気持ちです。「判官」の職にあった源義経(よしつね)が、兄の頼朝(よりとも)にねたまれて滅んだことに、民衆が同情を寄せた(贔屓(ひいき)した)エピソードに由来。
「無名の役者ばかり」「無名の監督」「制作費300万円」。そうした無名の人たちが一生懸命に?ものすごく面白い映画を制作した。そして映画の内容も、「一生懸命に映画を制作?撮影する」ものでした。この「カメ止め」を応援したい、という気持ちが多くの人々のなかに自然発生的に生まれたのが、ヒットへの大きなうねりになったのです。
「カメ止め」に関して、こうした3つの要因を境氏は指摘していますが、「侍タイ」についても類似の成功要因を抽出できると考えます。
ヒットの要因の一つは正攻法かつ周到な「三幕構成」
話を「侍タイ」に戻しましょう。TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」で、日本の人気ラッパー、宇多丸氏が「侍タイ」のヒット要因の一つとして、正攻法かつ周到な「三幕構成」に着目しています(2024.10.10放送)。
一般に、ハリウッドなどのヒット映画の脚本を分析すると「三幕構成」になっているものが多いとされます。「三幕構成」(さんまくこうせい、Three-act structure)とは、映画の脚本の構成のことで、ハリウッド式ヒットの方程式。ストーリーは3つの幕 (部分) に分かれます。「設定」 (Set-up)、「対立」(Confrontation)、「解決」 (Resolution)。3つの幕の長さの比は「1:2:1」「25%-50%-25%」と、長さまで指定されます。
幕と幕をつなげるターニングポイント (プロットポイント) では、主人公に行動を起こさせ、ストーリーを異なる方向へ(劇的に)転換させる出来事(イベント)を設定します。
この「三幕構成理論」は、米国ハリウッドの名脚本家/プロデューサーのシド?フィールド(Syd Field)氏によって体系化されました。
宇多丸氏は「三幕構成理論」にもとづき「侍タイ」の三幕を明快に整理しています。第一幕は「幕末の侍が現代にタイムスリップ」。第二幕は、主人公が「現代」に馴染んで以降、彼が身を投じていきながら「時代劇とは何か?」を掘り下げていくパート。そして、第三幕では、『最後の武士』としての「落とし前」をつけるべく、主人公たちは、文字通り決死の戦い(撮影)へ自らを追い込んでゆくパート。
安田監督の発想と、クランボルツ教授「計画された偶発性理論」との親和性
当事者である安田監督は、ヒットの要因を次のように冷静に分析しています(「週プレNEWS」(2024年10月5日、小山田裕哉氏記事より))。
第1が「映画のストーリー、構成、展開」です。安田監督は次のように話しています。「もちろん、『カメラを止めるな!』の成功を意識はしていました。笑って泣けて、最後に拍手が起こるような映画にすれば、低予算でもいけるかもしれないと。」
また、安田監督は「僕はスターで映画を撮るよりも、映画でスターを生み出すほうが面白いと思っています。」と述べています。映画監督としての「矜持」(きょうじ、プライド)が伝わってきます。
第2が「運を味方につけた」ことです。「上映館を池袋シネマ?ロサにしたのも、あの作品(「カメ止め」)がこの映画館から人気になったからで。ただ、そういう戦略はぼんやりとしか描いてなくて、ほんまのところは、はっきり言って”運”ですね。拡大公開のタイミングで、真田広之さん主演の『SHOGUN 将軍』がエミー賞を受賞したでしょう?それで時代劇に注目が集まって、テレビで一緒に紹介されたりもしました。いろんな偶然が重なって、たまたまうまくいったんです。」と安田監督は振り返っています。
(あくまでも筆者の仮説ですが)安田監督の「侍タイ」製作に対するスタンス(態度)と、故ジョン?D?クランボルツ教授(John D. Krumboltz、スタンフォード大学)が提唱した「計画された偶発性理論」(Planned Happenstance Theory、キャリアに関する行動理論)との間に親和性が見出せそうです。
「happenstance」(ハプンスタンス)とは「happen(起こる) + circumstance(環境)」の造語で、そうした環境に自分を意図的(計画的)に「置く」という意味です。同理論は、計画されていない偶然の出来事(イベント)がキャリア決定や機会に大きく影響を与えることがあり、そうした出来事に対して(計画的に)柔軟に対応できるようになることが重要だと主張します。
クランボルツ教授は、偶然の出来事を最大限に活用するために必要な5つの重要なスキル/要素を提示しています。(1) 好奇心(curiosity) (2) 忍耐力(persistence) (3) 柔軟性(flexibility) (4) 楽観主義(optimism) (5) リスクテイキング(risk-taking)。
安田監督の言動から判断すると、こうした5つの要素をすべて持ち合わせている人物のように映ります。
「5万回斬られた男」伝説的俳優 福本清三氏へのオマージュ
この「侍タイムスリッパー」には、名俳優の福本清三(ふくもとせいぞう)氏に対する「尊敬の念」、つまり「オマージュ」(hommage)が込められています。福本氏は、1960年代から映画やテレビ時代劇で「斬られ役」などを演じつつ、時代劇の殺陣(たて)を身に付けて活躍してきた伝説的人物。「5万回斬られた男」という称号をもつ福本氏はトム?クルーズ氏主演の『ラスト サムライ』(2003年)にも出演し、世界の映画ファンに、日本の斬られ役の美技と誇りを披露しました。
本作の中で、撮影所の所長が次のようなセリフを語ります。「はぁ~ 一生懸命頑張っていれば、どこかで誰かが見ていてくれる。 ほんまやなあ。」本作に関わったすべてのスタッフに向けてのセリフとして受けとめることができ、同時に観客を含めた一般の人々にも勇気をくれる言葉です。
安田監督は「侍タイムスリッパー」を「トム?クルーズさんにリブート(再映画化)で撮ってほしい。ハリウッドに行きたいと思っています!」と激白しています!ハリウッドのメジャー映画スタジオ、Netflix、Amazon Prime Videoなどが安田監督にアプローチしてくるのも、もう時間の問題かもしれません!