累計発行部数500万部を突破し、ドラマ化され話題にもなった漫画『ハコヅメ』。その漫画家?泰三子(やす みこ)氏の最新作が『だんドーン』(モーニング/講談社)。舞台は、日本人が大好きな「幕末」。「日本警察の父」と呼ばれる薩摩藩士?川路利良(かわじ としよし)を描いた超本格「幕末」痛快コメディ漫画『だんドーン』の概要を、泰氏のインタビュー記事などをもとに紹介します。
超人気漫画『ハコヅメ』の泰三子氏の最新作『だんドーン』の舞台は幕末!
累計発行部数500万部を突破し、ドラマ化され話題にもなった漫画『ハコヅメ?~交番女子の逆襲~』(モーニング/講談社)。その漫画家?泰三子(やす みこ)氏の最新作『だんドーン』が大きな話題となっています。内容は、「日本警察の父」とされる川路利良(かわじ としよし)を主人公に、薩摩藩の視点から幕末を描いた歴史コメディ漫画です。
まず、なんといっても、作品のタイトル「だんドーン」がとても印象的で「フック」になっています。「だんドーン」とは、物事が大きな展開を迎える瞬間を表す擬音語です。「フック」(hook)とは、もともと、掛けたり、吊るしたりするための「留め金」「鉤針」(かぎばり)のこと。マーケティングでは、人の興味を惹き、心に引っかかって気になってしまう「仕掛け」のことを指します。
泰氏はインタビューで作品のタイトルについて、次のように述べています。「川路(利良)の陣太鼓から始まるのと、鹿児島弁の“どん”、あとはダン!ドーン!っていう勢いのある感じ、からきているんですけど、それ以外にも結構凝った意味があるんですよ。試しに姉に話したら『なんでそんなタイトルをつけるの……』ってポロポロ泣いたんです。大成功だ、と思いました(笑)。最後にタイトルを回収できるように、頑張って描きます!」(『現代ビジネス』記事(2023年6月15日))。
物語が展開するにつれて、泰氏の姉がポロポロ涙したと伝えられるタイトルの伏線が回収されるのも、読者の大きな楽しみになります。
漫画家?泰三子氏のアイデアの源泉は「某県警での10年間の勤務経験」!
まず、漫画家の泰三子(やす みこ)氏のプロフィールを紹介しておきましょう。
「某県警に10年勤務。2017年、担当編集者の制止も聞かず、公務員の安定を捨て専業漫画家に転身する。短編『交番女子』が掲載され話題になっていた「モーニング」誌上で、2017年11月より『ハコヅメ?~交番女子の逆襲~』 の週刊連載を開始し、テレビドラマ化、アニメ化を経て、2022年6月第一部が完結。2023年6月より『だんドーン』がスタート」(講談社発行の週刊漫画雑誌『モーニング』公式サイト))。
次に、漫画家?泰三子氏の代表作『ハコヅメ?交番女子の逆襲?』(略して『ハコヅメ』)について確認しておきましょう。舞台は、架空の岡島県町山市。警察署の「交番」(=ハコ)に勤務する女性警察官の内情を描いた警察日常マンガです。正義感というよりは、安定収入を求めて「たまたま」警察官になった川合麻依と、超美人かつ刑事部のエースながらパワハラで交番に左遷されてきた藤聖子巡査部長をめぐる物語。
新人警察官?川合麻依は、違反者や一般市民から日々言われるクレーム、想像以上の激務という警察官の仕事に嫌気がさし、辞表を提出しようとしていた。そこへ新たな指導員として配属されてきたのは、藤聖子巡査部長。元刑事課のエースで、後輩へのパワハラで左遷されてきたという。
新人警官?川合は、初日にして連続窃盗犯を捕まえるなど、元刑事部エース藤巡査部長の鋭い観察眼や取り調べ能力を目の当たりにする。藤巡査部長の優しく、時に厳しい指導の下、川合は警察官としての職務や心得を学び、少しずつ仕事に対する自信を持つようになっていく???
2021年7月に放映がスタートした日本テレビ系連続ドラマ『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』では、戸田恵梨香氏と永野芽郁氏がW主演。三浦翔平氏、山田裕貴氏、西野七瀬氏、平山祐介氏、千原せいじ氏、ムロツヨシ氏、渕野右登氏などの人気/実力派俳優が脇を固めました。
milet「Ordinary days」Music Video(日本テレビ系ドラマ「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」
『ハコヅメ』の魅力は、リアル感、シリアスとギャグのバランス、そして下ネタ!
漫画『ハコヅメ』の魅力はどこにあるのでしょうか。専門家の意見を聞いてみましょう。編集ブロダクション清談社(演劇ライター)の中村未来(Nakamura Miku)氏は次のように評価しています。
「ギャグ回だと油断していたら突如シリアスな事件が起きたり、さっきまでふざけていたと思ったら急にリアルな警察官の葛藤が描かれたりで、読者の情緒は崩壊。緩急が激しすぎるストーリーに、やみつきになる人が続出しました」(『ダ?ヴィンチ』2021年6月19日記事)
「さらに、読者を惹きつけたのが、ちりばめられた伏線の数々です。『あんなゆるいギャグ回に、伏線が張られていたとは』『え、あれモブキャラじゃなかったの?』的なことが幾度となく起こり、SNS上では読者による考察合戦が繰り広げられるように。」(同上)
「モブキャラ」とは、『群衆(mob)状になったキャラ』のこと。ネットスラングとして、物語においてストーリー上重要な役割を持たないキャラクターの総称としても使われます。
ネット上でも、「10年間の警察経験をもつ作者が描く警察エピソードのリアル感/あるある感」「シリアスとギャグのバランス」「数々の秀逸な伏線」、そして、「適度な下ネタ」が、人気の要素だと評価されています。
川路利良の倫理観は現在の日本警察にも生きている!
『ハコヅメ』の基本情報が理解できたので、漫画『だんドーン』に話を移しましょう。ご主人の急逝と激変した家族の生活、週刊連載の過酷さ(平均睡眠時間4時間)という一種の極限の環境のなかにあって、「どうしても描きたかった人物」だという川路利良への強い思い入れが、漫画家?泰氏の創作のエネルギーになっているそうです。
そうした泰氏の思い入れは、インタービューでの次のような発言から如実に伝わってきます。
「『ハコヅメ』を描く時に警察関係の本をたくさん読んだんですが、その中に警察官が今でも職務倫理のバイブルにしている『警察手眼』(けいさつしゅげん)という本があるんです。川路利良の発言をまとめたもので、約150年間、警察ではこれを教科書にしている。“警察官というのは人民に買われたようなものだから、ちゃんと働かないといけないよ”という倫理観の本なんですよ。」(『現代ビジネス』記事(2023年6月15日))。
「川路利良はとにかく部下を大事にする人でもあったんですが、読んでいると、自分の上司の顔がどんどん浮かんできて……。この人の魂は今に引き継がれているんだなと感じましたね。それで、どういう経緯でこんな倫理観にたどりついたんだろう?と思って詳しく調べ始めたら、最初に“金玉事件”と“大便放擲事件”という下ネタの大きい逸話が2つ出て来て……私が好きにならないわけがない」(同上)。
川路利良の「金玉事件」と「大便放擲事件」?
「金玉事件」とは、戊辰戦争(1868年-69年)のときの川路の豪胆さを薩摩藩兵がたたえた逸話。戊辰戦争(ぼしんせんそう)とは明治新政府軍と旧幕府軍の間で争われた日本統一戦争。日本最大のこの内戦のあと、「明治維新」が本格化し、日本の近代化が加速。
「大便放擲(ほうてき)事件」とは、川路が訪欧したときの、マルセイユからパリに向かう列車内での事件。地元紙が「日本人が大便を投げ捨てた」と報道。歴史作家?司馬遼太郎氏が小説『翔ぶが如く』の冒頭部分で描いたことなどで、今日、川路に関する有名なエピソードとなっています。
では、国立公文書館ウェッブサイトの情報にもとづき、川路の功績を簡単に振り返っておきましょう。時は明治の初め。旧幕臣の抵抗などもあり、東京の治安は混乱していました。明治新政府は、最初、薩摩?長州等から、のちには関東地方の諸藩から兵を出させて、東京府内の取締りをさせました。「東京府」は、1868 年、江戸から改称されて誕生。
「邏卒制度」導入。そして東京警視庁初代長官?川路利良
廃藩置県(はいはんちけん)後の明治4年(1871年)10月、「邏卒(らそつ)制度」が新たに導入されました。邏卒の「邏」には「めぐる」「みまわる」「偵察する」という意味があります。廃藩置県とは、全国の藩を廃して県を置き、中央集権的統一国家を樹立した政治変革。この邏卒制度の導入にあたり、旧薩摩藩士などの3千名が邏卒として採用されたそうです。邏卒は、一般には「ポリス」と呼ばれ、剣の代わりに、こん棒を携帯して東京の治安維持にあたったのです。
その3年後の明治7年(1874年)1月、東京警視庁が設置されました。初代長官に就任した人物こそ、邏卒制度導入以来「ポリス」の拡充に力を注いできた川路利良だったのです。川路利良が「日本警察の父」と呼ばれる理由がそこにあります。なお、このとき、邏卒は、巡査と改称されました。
漫画『だんドーン』の魅力は?
漫画『だんドーン』の魅力はどこにあるのでしょうか。泰氏のインタビューでの発言に着目しましょう。
「(川路利良は)『人のためにどれだけ役に立てるか』ということに、すごく向き合ってきた人なんです。そういう人物を描きたい、と思いました。私自身も、仕事の報酬は人の役に立てることだと思って生きてきたので。????よく調べていくと幕末の大事な場面にほぼずっと立ち会っているんですよ。」(『現代ビジネス』記事(2023年6月15日))。
「坂本龍馬とか西郷隆盛は幕末史から抜けてしまう時期があるんですが、川路は政局の中心にずっといる、?????。全部を経験しているので、この人を描けば、幕末史全部描けるじゃん! と思いましたね。ただ密偵活動をしていたようで、文献には“川路某”としか載っていないことが多くて。」(同上)。
幕末の政局の中心にずっといた川路利良という人物を媒介にして、泰氏が幕末全体を描き出そうとしていることに漫画『だんドーン』の大きな魅力があるのです。そして、その川路は、泰氏がかつて所属した日本の警察制度の創設者であり、『警察フェチ!』を自称し、同時に「歴史好き」の泰氏にとっては、理想的なテーマなのです。
司馬遼太郎氏が書きたかったテーマにチャレンジ!
泰氏はこうも語っています。
「今回歴史監修をしてくださる郷土史家の先生から、司馬先生は『翔ぶが如く』で川路利良のことをもっと書きたかったけれど資料が少なすぎた、とうかがって。『よくここに挑戦しようと思いましたね』と言われました(笑)。それほど資料が少ない人物ではあるんですが、私には警察経験が10年あるので描けることもあるのかなと……川路利良にとっては教え子みたいなものなので(笑)」(『現代ビジネス』記事(2023年6月15日))。
こうした考えを持つ泰氏が描く『だんドーン』(既刊3巻)を読むと、川路利良を通して激動の幕末の動きが臨場感とともに伝わってきて、歴史の教科書の中に投げ込まれたような錯覚を覚えます。
2024年4月末現在で3巻まで既刊ですが、「日米修好通商条約」「戊午の密勅」(ぼごのみっちょく)「安政の大獄」(あんせいのたいごく)と続き、読み出したら全3巻を一気に読み通せます。
「戊午の密勅」とは、日米修好通商条約の無勅許調印を受け、安政5年(1858年)に孝明天皇が水戸藩に幕政改革を指示する勅書(勅諚(ちょくじょう))を直接下賜(かし)した、幕府を侮辱した事件。「安政の大獄」は安政5年(1858年)大老の井伊直弼(いい なおすけ)が、尊王攘夷派に対して行なった大弾圧。
『だんドーン』第4巻(7月発売予定)で、物語はいよいよ「桜田門外の変」に向かいます。「桜田門外の変」は、泰三子氏が長年描きたいと思っていたテーマだそうです。
ここにでてくる「戊午の密勅」「安政の大獄」「桜田門外の変」の最新の研究内容に関心がある方は、幕末維新史研究の最前線で活躍されている歴史学者、188bet体育_188bet体育在线@ 町田明広教授(日本研究所所長)の近著『人物から読む 幕末史の最前線』(集英社インターナショナル、2023年)の第1章「井伊直弼-植民地化から救った英雄か?」(pp.15-32)をご一読ください。現在の最先端の知見に触れることができます。
歴史を漫画で学ぶと「流れが理解しやすい!」
ところで、学習参考書/教育サービス企業の「学研」(マナビスタ)によれば、「人名や年号を覚えることが苦手」「その時代の生活がイメージできない」「歴史が大切なのはわかっているけれど、なかなか好きになれない」といった学生の悩みが少なくないそうです。
その「学研」(マナビスタ)のウェブサイトで、歴史を「漫画」で学ぶ3つのメリットが説明されています。
第1のメリットは「流れを理解しやすい!」こと。歴史漫画は、情報量が限られているが、ストーリーを大切にして作られている。そのため、歴史学習の「土台作り」にピッタリ。
第2が「絵や写真のほうが記憶に残りやすい!」ことです。音楽?画像に密接に関係する「右脳の記憶力は左脳の10倍以上ある」とのこと。歴史学習でも、右脳の能力を有効に活用することが得策。
歴史漫画で、タイムスリップしているような臨場感を感じる!
第3が「資料や映像と組み合わせると、臨場感が増し、より深く理解できる!」ことです。漫画の画像/映像によって、リアルに歴史を体験することが可能。自分を主人公に投影することによって、迫力ある重要シーンや歴史の裏話などの画像/映像はまるでタイムスリップしているかのような臨場感をもたらしてくれます。
一般に、大学入試などの「日本史」試験では、「江戸?明治」時代が頻出分野だといわれています。歴史が苦手と思っている中高校生の皆さんが、楽しく気分転換をしながら、『だんドーン』を読んで歴史の知識を蓄えるのも、有効な受験対策だと思います。
映画/ドラマの川路利良役には「お団子ヘア」が似合う俳優?!
筆者が、大学学部時代のゼミでお世話になった恩師は、「行政法」の泰斗(たいと)として学術研究団体「警察政策学会」の初代会長も務められ、日本の警察行政/立法にも多大な貢献をされました。そうした個人的な縁(えにし)もあり、「日本警察の父」と呼ばれる川路利良を描いた漫画『だんドーン』には、親近感を感じています。
ちょっと早い話ですが、読者のひとりとして、当然、映画?ドラマ化も期待しています。主役の川路利良役には、どんな俳優がキャスティングされるのか、あのカッコいいヘアスタイル「マンバン」(男性(man)のお団子(bun)ヘア)が似合う男優は誰だろう。主題歌を担当するアーティストは誰か、などを想像しながら、「朗報」を楽しみに待っています!!
そういえば、今年(2024年)の7月から新しいお札の流通がスタートします。「近代日本経済の父」と呼ばれる実業家、渋沢栄一。日本で最初の女子留学生としてアメリカで学んだ津田梅子。破傷風の治療法を開発した細菌学者の北里柴三郎。この夏、「188bet体育_188bet体育在线@」の幕末/明治ブームの到来を予感させます。泰三子氏が描き出す漫画『だんドーン』も、その幕末/明治ブームの火付け役のひとつとなることでしょう。