2023年の「インバウンド消費」は過去最高の5兆円も視野に入っています。2003年に本格的にスタートした日本の観光立国政策も、20年が経過。訪日外国人に人気がある「食品サンプル」製作や「金継ぎ」の体験プランを紹介しながら、現在4番目のフェーズ(段階)に移行している「インバウンド4.0」で重視されている「コト消費」の可能性について考えてみます。
「インバウンド消費」(2023年)、過去最高の年間5兆円も視野!
観光庁の2023年7-9月期の「訪日外国人消費動向調査」(1次速報: 2023年10月18日)が発表されました。
それによると、同年7-9月期の訪日外国人旅行消費額(いわゆる「インバウンド消費」)は、推計で1.39兆円。2019年同期比17.7%増。コロナ後で初めて2019年水準を超える過去最高を記録。第3四半期までの合計消費額は3.63兆円となり、このまま推移すると、年間5兆円を超え、過去最高となる可能性も出てきたとのこと。
「インバウンド消費」とは、訪日外国人観光客による日本国内での消費活動を指す観光用語。訪日外国人客を指す観光用語「インバウンド」(inbound)と「消費」を組み合わせた言葉です。
一般に、訪日外国人が急増している主な理由として次のような点が指摘されています。(1)格安航空会社(LCC)の就航拡大、(2)外国人向け施設の整備進捗、(3)免税制度の拡充、(4)訪日ビザ緩和、(5)日本コンテンツの根強い人気と知名度。
日本が「世界で最も魅力的な国」第2位に!
イギリスの著名旅行誌『ワンダーラスト』(Wanderlust)は、読者が選出する旅行先ランキングの「Wanderlust READER TRAVEL AWARDS」(2023年版の結果)を発表(2023年11月22日)。Wanderlust社は、1993年にイギリスで発刊された同名の旅行誌から始まった旅行誌編集会社。イギリス国内のみならず世界的に広く影響力を持っています。
主要部門の一つである「世界で最も魅力的な国」部門において、第1位のオーストラリアに次いで、日本は第2位にランクイン。第3位、第4位、第5位は、米国、カナダ、コスタリカ。
訪日外国人の人気第1位「富士山ツアー」
上記以外にも、「文化的に最も魅力的な国」部門では、日本はフランス、イタリアに次ぐ第3位。「美食において最も魅力的な国」部門では、イタリア、フランス、モロッコに次ぐ第4位。「世界で最も魅力的な都市」部門においても、南アフリカのケープタウン、シンガポールの首都シンガポールに次ぐ第3位に「東京」がランクイン。世界の人々が、旅行先として「日本」を高く評価していることがわかります。
さらに、訪日旅行?観光予約No.1プラットフォーム『Klook』(本社:香港)が「2023年夏、訪日外国人観光客が“日本でやりたいこと”TOP10」を発表(2023年7月20日)。第1位が「富士山ツアー」で、第2位以下が「着物?浴衣体験」「京都寺院めぐり」「白川郷ツアー」「ゴーカート」となりました。
「インバウンド1.0」から「4.0」へフェーズが移行
日本政府が外国人観光客の誘致を始めた2000年代初頭から、インバウンド需要の推移を見ると、2019年までは大きく「4つのフェーズ」(段階)に分けられると、『au PAY magazine』が整理しています。
第1のフェーズが「インバウンド1.0」。2003年から政府主導で観光地に団体客を誘致した段階です。2003年、日本政府が、外国人の訪日を促して経済の活性化を図る「観光立国」宣言。それによって「ビジット?ジャパン?キャンペーン」がスタート。
第2が「インバンド2.0」。2014年ごろ、メディアでも頻繁に報道された「爆買い」現象が象徴する段階です。その要因として、東南アジアに対するビザ要件の大幅緩和や免税のための最低購入金額が5,000円に引き下げられた措置があげられます。
第3が「インバウンド3.0」で、2010年代終わりから2020年代初めにかけての時期。それ以前は、東京や大阪などの大都市(後で説明する「ゴールデンルート」)がインバウンド旅行の対象でしたが、この頃から、徐々に地方部にも訪日外国人が訪れるようになりました。
第4が、現在の「インバウンド4.0」。2023年5月の新型コロナ5類移行を経て、現在では、インバウンド客の中で、「コト?体験消費」のニーズが高まっています。かつてのインバウンド消費は、質の高い日本の製品が主流でしたが、最近では、日本の文化や自然などに触れられる体験型のアクティビティや観光ツアーなどが人気となっています。
「コト消費」とは、商品やサービスの購入を決めるときに、体験?経験の価値を重視する消費行動のこと。物品を買う「モノ消費」に対置され、「体験消費」とも呼ばれています。
「食品サンプル」製作体験
ここで、インバウンドのコト?体験消費の事例を2つ紹介しましょう。
第1の事例が、飲食店の店先などに並ぶ「食品サンプル」製作体験。日本独自の文化であることや、その精巧さが訪日外国人旅行客の大きな注目を集めています。
情報サイト『H!nt-Pot』(Hint-Pot)によれば、「食品サンプル」は、日本固有の文化として独自に発展し、その起源は諸説あるそうです。元々は写真入りの188bet体育_188bet体育在线@表の代わりに考案されたという説。文字の188bet体育_188bet体育在线@表よりも、インパクトがあることから集客を目的として誕生したという説など。
1990年以降は画像などの印刷技術が発展し、日本国内の食品サンプル文化は徐々に衰退。そうしたなか、訪日観光客の増加で新しい潮流が生まれました。日本語が読めなくてもビジュアルで商品が分かることから「グローバルデザイン」としてその価値が再評価され、外国人向けに食品サンプルを展示する飲食店が増えたのです。
キーホルダーなどのお土産としても「食品サンプル」が人気に!
並行して、お土産としても購入できる、キーホルダー、スマートフォンケース、USBメモリなどのユニークなアイテムが登場。さらに、「合羽橋」(かっぱばし)などで製作体験教室なども開催され、外国人観光客から注目を集めるようになり、それがメディアでも頻繁に取り上げられるようになりました。
ちなみに、合羽橋(行政区分上の地名ではない)は、東京都台東区の浅草と上野の中間に位置する問屋街。おもに食器具?包材?調理器具?食品サンプル?食材?調理衣装などの道具を販売しています。
名称の「いわれ」は、複数存在。かつて近くに住んでいた下級武士たちが内職に作っていた雨合羽を橋にかけて乾かしていたことに由来するという説。水はけが悪い低地のため、合羽屋喜八という人物が私財を投じて水路をつくる工事に着手。工事はことのほか難航し、隅田川の「河童たち」が同情し、工事を手伝ったとされるエピソードに由来するという説。
米国3大ネットワークNBCでも「目の保養になる」と紹介される!
2022年6月から訪日外国人観光客の受け入れ再開のニュースが報じられると、米国3大ネットワークNBC朝の情報番組「トゥデイ」の公式ウェブサイトが、日本の食品サンプルに関する特集記事を掲載。「目の保養になる――日本の芸術である食品サンプル」との見出しの記事は、食品サンプルの発祥における異なった説や制作工程、いかに世界で評価されているかを伝えました。
体験プランとしては、たとえば、「天ぷら&レタス」の食品サンプル製作体験があります。食品サンプル業界のリーディングカンパニー、株式会社岩崎(東京都台東区西浅草:合羽橋交差点近く)が運営する「元祖食品サンプル屋 合羽橋店」が常時開催している体験教室です。1枠6名で1回40分。参加費は1人2,500円(税込)、2024年3月1日以降3,000円(税込)へ改定。
「日本はホットデスティネーション」
第2の事例が、「金継ぎ」(きんつぎ)体験に関するエピソードです。
大手旅行代理店JTBグローバルマーケティング&トラベルの井上 遥氏が、「最近、訪日外国人から『日本はホットデスティネーション(熱い目的地)だ』という感想をよく耳にする」と、インタビューでコメントしています。
「日本文化」という大きな括りで日本に興味を持って来日する外国人も多いなかで、「ローカル体験」を希望する人々も増えてきているそうです。具体的には「漆器?陶器?織物」といった日本の華やかで美しい「伝統工芸」や「職人技」に興味を持って来日する人が増加しています。
井上氏は、次のような興味深い事例を紹介しています。北米在住のある家族から「金継ぎを体験したい」とリクエストが入ったそうです。「金継ぎ」とは、陶磁器の割れや欠けを漆(うるし)によって接着し、その上を金粉で装飾して仕上げる伝統的な修復技法です。
北米在住家族が「金継ぎ」体験で「不完全の美」を理解!
北米からの家族は、両親と小学生2名の4名。子どもたちはわざわざ学校を休んでの来日であったため、有意義な学びを得させたいという、明確な目的意識を持っていました。
家族はその「金継ぎ」体験から、哲学的な学びを得たそうです。来訪した都内にある工房(「金継宗家」東京都豊島区)の漆アーティスト、塚本将滋氏(東京芸術大学卒)が家族に次のように説明しました。
「時間とともに古くなることは劣化ではなく変化であり、プラスにとらえるべき」
「変化も美しいと受け入れることで豊かになれる」
北米出身の両親は、(劣化による)「『不完全の美』という概念は新鮮で学びがあり、感激した」と語ったそうです。2名の子供たちも、「壊れたもの」であるにもかかわらず、「キレイだね」という感想を述べました。
JTBの井上氏も、「金継ぎ体験」をアレンジするなかで、「劣化ととらえず変化を受け入れ、それはそれで美しいという、まさに日本文化特有の『侘び寂び』の考え方にも通じる」と気づいたそうです。
ちなみに、「侘び寂び」(わびさび)とは日本特有の美意識です。「侘び」は、つつましく、質素なものにこそ趣があると感じること。一方、「寂び」は時間の経過によって表れる美しさを指します。
海外旅行客の異なった視点と反応から、日本人自身が「日本の文化?伝統技能」の素晴らしさを再発見した好例だといえるでしょう。
「ゴールデンルート」から「地方での体験」「知的なコト消費」へ展開
東京から箱根?富士、名古屋、京都、そして大阪までの観光ルートは、外国人観光客にとって依然として人気が高く、「ゴールデンルート」と呼ばれています。一方で、ここまで紹介してきたような「知的なコト消費」を求める来日客も増加しています。
冒頭で紹介した「観光庁」の予測と符合しますが、野村総合研究所(NRI)のエグゼクティブ?エコノミスト木内登英氏によれば、2023年1年間のインバウンド需要(試算)は4.96兆円で、同年の(名目及び実質)GDPを、前年比で+0.89%押し上げる効果が期待されています。
コロナ前の2019年のインバウンド需要が4.81兆円だったので、23年はコロナ前を超えると予測されています。さらに政府目標のインバウンド需要5兆円も、2023年にほぼ達成できると見込まれています。
日本のインバウンド向け観光産業は、「ゴールデンルート」はいうにおよばず、「哲学的なコト消費」など、外国人向けの観光ビジネスのウィングをさらに広げる大きな潜在力を持ち合わせています。
コラムの目的
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