現場、現物、現実の「三現主義」
「三現主義」(さんげんしゅぎ)。「現場」「現物」「現実」の3つの「現」(reality)を重視し、机上(きじょう)ではなく、実際に現場に出向き、現物を手に取って見て、現実を知ったうえで、管理職と一般職が一緒になって問題を解決する手法です。
この三現主義は、トヨタ自動車、本田技研工業、花王、P&Gジャパン(プロクター?アンド?ギャンブル)、セブン‐イレブン?ジャパンなどの優良企業で採用されていることでも有名です。
トヨタの世界的に著名な2つの経営手法は三現主義に依拠しています。第1が、異常が発生したら機械が検知し、ただちに停止して、不良品を造らない「自働化」。「ニンベン」(人間的な判断)の付いた「自動化」(機械化)です。第2が、各工程が必要なものだけを、流れるように停滞なく生産する「JIT」(ジャスト?イン?タイム)。
セブン-イレブンでみれば、小規模小売店の実情に合った小口商品配送や共同配送など従来の商慣行にはない革新的な取り組み、さらには、お弁当やおにぎりを主力商品に育て上げた独自の商品開発が三現主義に由来します。
あらゆる情報やデジタルデータがIT技術で迅速かつ容易に収集できる今日、「三現主義はもはや時代遅れではないか」という議論が一部にあります。
しかし、デジタル化が急速に進んでいる現在だからこそ、情報/データの具体的な裏付けの確認、自社の具体的状況に即した判断、データの背後に隠れている問題の本質を突き詰める点で「三現主義」の重要性が増しているという認識がむしろ強まっています。
近代詩の父?萩原朔太郎に由来する「前橋るなぱあく」
このような「三現主義」に通底する経営手法で目覚ましい業績をあげている「素朴で小さな遊園地」が群馬県に存在します。
前橋市立の「前橋るなぱあく」(以下「るなぱあく」)です。1954年11月に開園し70年近くの歴史をもつ遊園地。アクセスは、JR前橋駅よりバス15分で「前橋公園」前下車徒歩3分。関越自動車道前橋ICより20分。
前橋市中央児童遊園『るなぱあく』は2006年から公的施設の管理?運営を企業などが代行する「指定管理者制度」を導入。2015年から、建設コンサルタント会社「オリエンタル群馬」が運営。指定管理者制度は、多様化する住民ニーズにより効果的、効率的に対応するため、公園などの公の施設の運営に民間のノウハウを活用する制度です。
この「るなぱあく」のコンセプトは「にっぽんいちなつかしいゆうえんち」。面積はサッカー場2面ほどの8,800㎡。小規模な敷地の中に、飛行塔、豆汽車、ミニヘリコプター、豆自動車、メリーゴーランド、くじらの波乗りなどの8種の大型遊具、木馬5台、小型遊具11台が設置されています。それらは「昭和のレトロ感」を漂わせ、なかでも電動木馬は現在稼働する日本最古の木馬といわれ、国登録有形文化財にもなっています。
市民公募で決まった「前橋るなぱあく」の愛称は、前橋市出身で大正時代に活躍した詩人?萩原朔太郎に由来。「日本近代詩の父」と呼ばれる彼の詩集『遊園地にて』で、「遊園地」という言葉に「ルナパーク」とふりがながふられていたのです。
入園者50万人増の「小型遊具は1回10円の日本一安い遊園地」
「るなぱあく」の入園料は無料、小型遊具は1回10円、大型遊具は1回50円。「日本一安い遊園地」といわれる所以(ゆえん)です。
現園長は、元銀行員で経営コンサルタントでもある原澤宏治(はらさわこうじ)氏。2015年に園長に就任した原澤氏は、着任2年目で黒字化を実現。
原澤氏は、就任以来、様々な利用者増加の施策を実施。120万人前後だった年間利用者数が、コロナ前は最大で「50万人増」の171万人に到達。20年度も143万人、22年度も年間150万人を達成。
ここで、原澤氏がリードする三現主義を、『NewsPicks+d』(NewsPicks/NTTドコモ共同運営情報サイト)の記事や原澤氏自身の寄稿(『文藝春秋オピニオン 2023年の論点100』)などをもとに具体的にみてみましょう。
原澤流「三現主義」の第1の事例は、「毎日、現場を見る」「直接、生の声を聞く」です。赤字の遊園地の園長に就任して、原澤さんが最初におこなったのは、とにかく園内の様子を観察すること。「お客さんはどんなことを感じているのか?」「従業員はどんな仕事ぶりなのか?」「毎日、園内に立って、お客さんや従業員と会話をすることで、経営改善のヒントをつかもうと考えてました」と彼は語ります。
「#園長先生じゃねえし」で拡散!
こうした原澤氏の現場主義の姿勢があるビッグチャンスをもたらします。園長就任から1年ほどたった春休み初日。原澤園長は、いつものように遊びに来ていた男女2名ずつの高校生グループに話しかけます。
「???飛行塔とくるくるサーキットとウェーブスターライド、その3枚くらい買えば楽しめるよ。」フレンドリーな雑談をきっかけにして、高校生たちとの心的距離が縮まりました。乗り物から『園長先生?!』と手を振ってくれる高校生たち。
高校生が『乗り物、乗ってきたよ!』とわざわざ報告にやってきたときのことです。『オレは園長だけど、園長“先生”じゃねえし(苦笑)』と原澤氏が口にすると、高校生たちに笑いが起きました。
原澤園長との飾らないやり取りを楽しんだ高校生たちは、「#園長先生じゃねえし」とハッシュタグ付きで「X」(旧Twitter)に投稿。それをきっかけにして、「おもしろい園長がいるから、『るなぱあく』に行ってごらん」というクチコミが地元の高校生の間で拡散。翌日から、目に見えて高校生がグループで多数来園するようになったのです。
第2の例は、社員からのボトムアップ提案など、現場に即した企画の実現です。最もインパクトの大きかった施策は、女性スタッフの提案から始まったバースデーイベント。すべての乗り物に1人で乗ることができる4歳児が、誕生日から1か月間、すべての大型遊具にそれぞれ1日1回無料で乗れるようにしました。
利用にあたって、「ばぁすでぃカード」を配り、乗り物に乗るたびにシールを集めてもらう。その結果、年齢、氏名、居住地域、連絡先などのデモグラフィックデータ(人口統計的データ)が蓄積され、次のプロモーション施策の重要な参考資料になっているそうです。
「日本一安い遊園地で日本一お高いどん兵衛」
加えて、現場主義の原澤氏が園長に就任した年に始めた「るなぱDEないと」も好評です。普段は17時に閉園しているのを、夏休み期間中の金曜日限定で21時まで開園し、アルコールも提供。若者のグループやカップルに、謎解きイベントや大道芸人のパフォーマンス、ライトアップされたメリーゴーランドなどで楽しんでもらう。「るなぱあく」は小さな子どものための場所というイメージを払拭して、大人を呼び込む顧客層拡大戦略が奏功しています。
第3の例は、企業との現場密着型コラボレーションです。ママ友を作ってもらうための親子イベント「るなぽけ」はコストコ前橋倉庫店とのコラボ企画。飲料のサンプリングを希望したコストコに対して、飲料だけでなく、参加親子向けにお土産を提供してもらうための働きかけに成功しました。
食品メーカーの日清とは、「日清のどん兵衛×るなぱあく」のイベントを2020年2月に開催。「日本一安い遊園地で日本一お高いどん兵衛」を販売するイベントでは、地元大学生が考案した群馬県の食材を盛りつけた1杯1,000円の「お高いどん兵衛」と、ミニサイズで1杯10円の「お安いどん兵衛」を提供し、どちらもあっという間に完売。
こうした、予算規模に依存しない現場重視のユニークな企画はメディアでも取り上げられ、「るなぱあく」の認知度は着実に増加していきました。
「三現主義」と「制約の存在」がもたらす「創造性」
原澤園長によれば、独自の三現主義の原点は、「現場でビジネスの種を拾うことを徹底的に叩き込まれた」銀行員時代にあるそうです。「お客さんのところに行ったら、とにかくいろんなことをチェックして、なにかビジネスの種になりそうなことをできるだけたくさんストックするんです。」
たとえば、顧客が今のクルマに何年乗っているかを必ずチェック。いざ買い替えの時期になったら、すぐに業者を紹介すれば、お客さんも業者も喜んでくれる。自動車ローンを組んでもらえば銀行にもメリットになる。つまり、現場で徹底的に観察し、コミュニケーションをとり、「生」の情報を収集して、ビジネスチャンスにつなげるのが原澤流です。
こうした「三現主義」にもとづく「るなぱあく」の成功を分析するうえで、キングス?カレッジ?ロンドン経営大学院のオーグズ?エイカー教授(Oguz A. Acar)の次のような知見が参考になります(『Harvard Business Review』(November 22, 2019))。
すなわち、創造的プロセスに「制約」(constraints)がない場合、人は自己満足に陥り、より良いアイデアの創出に努力するのではなく、苦労せずに頭に浮かんだ最も直感的で容易なアイデアに従う傾向が強くなるそうです。心理学では「最小抵抗の道」(the path-of-least-resistance)と呼ばれます。
対照的に、「制約の存在」は人の集中力を高め創造的なチャレンジをもたらします。それは、新しい製品やサービス、ビジネスプロセスのための斬新なアイデアを生み出すための動機づけとなります。
「前橋るなぱあく」は、小規模という制約にもかかわらず、現状に満足することなく、次の段階として「地域活性化のハブ(拠点)」になるべく引き続き諸方策に取り組んでいます。原澤園長流の三現主義が後押しする「前橋るなぱあく」の創造的な挑戦に、今後も大きな注目が集まることでしょう。