「行き先はわからない」1回5,000円の「旅くじ」とは?
1回5,000円の「くじ」。カプセルを開けるまで「行先は分からない!」。LCC(格安航空会社)の「Peach Aviation」(ピーチ?アビエーション)が運営するカプセルトイ自販機「旅くじ」が大人気です。ITmediaビジネスオンライン(2023年01月25日)に掲載された、同社広報担当者のインタビュー記事などをもとに、カプセルトイ自販機「旅くじ」の概要やヒットの要因を抽出しましょう。
最初はこの企画に対して、ピーチ社内からの「絶対に売れるわけがない」という反対の声もあり、「1日1個売れればいい」という感じでスタートとしたそうです。企画の目的は、コロナ禍で社会全体や航空業界が厳しい状況だからこそ、街中で顧客との接点を持ち、ワクワクできるようなサービスを提供すること。この「旅くじ」をきっかけに「Peachは面白いことやっているな」「そろそろ旅に行きたいな」と、人々にもう一度旅の良さを思い出してもらい、どんどん出掛けてもらえる仕掛けを作り出したのです。
「旅くじ」が指示する「面白いミッション」とは?
この「旅くじ」は次のような仕組みになっています。まず、最大の特徴は航空券の行き先を選べないこと。各カプセルの中には、「指定された行き先」「旅のミッション」「Peachの航空券(行き先限定)が購入できるピーチポイント6,000円分」「オリジナル缶バッジ」が入っています。
ごくまれにピーチポイントが1万円分封入されていることもあるそうです。カプセルの中にパスワードが書かれた紙が入っており、サイトにそれらを打ち込むとポイントが付与される仕組み。価格は1回5,000円で、スマホ決済サービス「PayPay」のみが利用可能。
「旅のミッション」には、どのようなものがあるのでしょうか。たとえば、北海道の釧路の場合は「阿寒湖をバックに”あかん子”の顔で写真撮ってきて!」。宮城県の仙台の場合は「仙台で仙台ナンバーの車1000台数えてきて!」。九州の鹿児島の場合「西郷さんのコスプレで犬の散歩をしてきて!」。こうした例をみても、SNSで「おもしろ画像」をアップできそうな楽しいミッションとなっています。
前述のとおり、自販機から出るカプセルの中身は航空券ではなく、航空券購入に使えるポイント引換券。航空券購入時に差額が発生した場合は、不足分を新たにクレジットカードで支払う必要があります。
「旅くじ」を販売すると即座にバスった!
SNSで「旅くじ」を引く様子が動画で投稿されると、あっという間にバズったそうです。その結果、2021年10月に渋谷で販売した際は、用意した1カ月分の旅くじが3日で完売。「1日1個の売上」という「かなり保守的な予想」は、いい意味で崩れさったのです。
ピーチ社は予想外の嬉しいヒットの要因を次のように分析しています。「自分では思い付かない行き先が当たるのが旅くじの醍醐味です。どこへ行くかわからないドキドキ感が、コロナ禍でさまざまな事を我慢していた人々の『何かにワクワクしたい気持ち』にマッチし、旅に出るきっかけになったのではないか」と。
このカプセルトイ自販機「旅くじ」は「航空券ガチャ」などとも呼ばれています。「ガチャ」はタカラトミーアーツ社(タカラトミーの連結子会社)の商標ですが、「ガチャポン」「ガチャガチャ」(いずれもバンダイの商標)の略と考える人も少なくありません。ちなみに、メディアなどでの正式な表現として、「カプセル自動販売機」が使われています。
日本玩具協会によると、2022年度のガチャガチャ市場規模は、前年度比35.6%増 の610億円。同市場初の600億円超えとなりました。2012年度の市場規模270億円から、この10年間で2倍以上拡大。市場拡大の要因として、大人も楽しめワクワク感が高まる質の高い商品の登場や、コロナ禍でショッピングモールなど空きテナントを活用した専門店が増加し売り場面積が拡大したことなどがあげられます。
最近は、スマホゲームでも「ガチャ」という言葉が使われています。この場合、ランダムにアイテムが出てくる仕組みを意味しています。無料のスマホゲームなどでガチャを引くことで、ユーザーは新しいキャラクターやアイテムなどを手に入れることができます。
人が「ガチャ」を好きな理由(1):「部分強化」
では、人はなぜ「ガチャ」を好むのでしょうか。「旅くじ」に絞って、2つの心理学的な根拠を説明しましょう。それらは、米国の心理学者バラス?フレデリック?スキナー(Burrhus Frederic Skinner)氏によって発見されました。彼は行動分析学の創始者で、20世紀において影響力が極めて大きかった心理学者の一人とされています。
第1が「部分強化」(partial reinforcement)です。A「ある行動をすれば必ず良い事が起こる(報酬がもらえる)」場合よりも、B「ある行動をすればたまに良い事が起こる(たまに報酬がもらえる)」という状況のほうが、人間はその行動を何度も続ける傾向が強くなります。前者Aを「連続強化」(continuous reinforcement)、後者Bを「部分強化」と呼びます。
「部分強化」が行動の持続性を高める理由は、次のとおりです。すなわち、報酬をもらえることが「ときどき」(不確定)発生する条件のもとで、人はその行動を繰り返すことで報酬を得られる確率が上がる、と考えるためです。このように考えることで、たとえ報酬が得られなくても行動を続ける意欲が維持されます。さらに、部分強化がなされた行動は、報酬がなくなったとしても維持されやすいという特徴があります。この部分強化の例として「ゲーム依存」がよく指摘されます。
5,000円の「旅くじ」でいえば、6,000円分相当のポイントを確実に得ることができる一方で、ごくまれに1万円分のポイントが当たること、ときどき自分が本当に行きたいと思っている場所を引き当てること、などが部分強化に当たります。
人が「ガチャ」が好きな理由(2):「不定率強化」
第2が「不定率強化」(variable ratio schedule of reinforcement)です。「報酬を受け取れるかどうかが不定(不定期)の場合、受け取れた時に、より快感を感じる」という心理効果です。「当たるか当たらないかがわからない」からこそ、「当たったときにより楽しいと感じる」心理です。
部分強化と同じように、不定期(不定率)でごくまれに1万円分のポイントが当たること、一体どこの場所を引き当てるのか全くわからないこと、ときどき自分が本当に行きたいと思っている場所を引き当てることなどが不定率強化の要因に当たります。
以上のように、ある仕組みが「部分強化」かつ「不定率強化」の状態になっていることが、人を最も夢中にさせるということが明らかになっています。
「旅くじ」がきっかけで旅行の行き先を決める人も!
さて、ピーチの「旅くじ」は、累計約3万個を販売しているそうです(2023年1月現在)。くじ引き1回5,000円として単純計算で、1.5億円の売上です。社内の反対の声に負けて企画の実施を断念していたら、1.5億円の売上、さらには、「ピーチ社がおもしろい企画をやっている」というPR効果、(後ほど述べる)新規顧客の開拓効果は生まれていなかったことになります。
つまり、この「旅くじ」企画は、スタンフォード大学のティナ?シーリグ(Tina Seelig)教授が主張する「コンフォートゾーンからリスクをとって抜け出せば、常に吹いている「運の風」をつかむことができる」という理論を実践した成功例と位置付けられるでしょう。
では、どういった顧客層がどのような目的で「旅くじ」を購入しているのでしょうか。
性別を問わず、若年層を中心に幅広い世代が購入。目的は、一人旅やレジャー、帰省、プレゼントなどが中心。購入した学生からは「旅行の行き先がなかなか決まらず、旅くじで出た場所に行くことにした」「仲良しグループで旅くじを引きそれぞれ別の行先が出たが、現地からリモートでつなげて楽しむ」というコメントが寄せられているとのこと。
ピーチ社によると、売上だけでなく、この旅くじから、新規顧客の開拓効果が生まれています。実際に旅くじを使ってピーチを利用した顧客の約50%が新規利用。SNSで話題になり、テレビなど各種メディアで取り上げられ、LCCを利用したことのない新規「シニア層」もスマホを片手に搭乗してくれる現象も発生。こうしたシニア層を含め従来ピーチに縁のなかった顧客層に、同社の路線や購入方法などを知ってもらえる機会につながっていると同社(ピーチ)は分析しています。
ここで、ピーチ?アビエーション(「Peach Aviation 株式会社」)の企業概要を確認しておきましょう。同社は、2012年3月、日本の航空会社では初めてのLCC(Low Cost Carrier、いわゆる格安航空会社)として、関西国際空港を拠点に3機の航空機で国内線2路線に就航。「空飛ぶ電車」をコンセプトに路線を展開してきました。ANAホールディングス株式会社(77.9%)を大株主とする連結子会社です。
同社のフィロソフィー(経営哲学)は「ヒト?モノ?コトの交流を深めるアジアのかけ橋となり、人間愛を育むエアラインとなる」。手軽な運賃で誰もが気軽に空の移動を楽しむ機会/サービスを提供しています。
企業名は「日本の桃と同じように世界中の人に愛されるように」という思いが込められています。空港でも、企業名に由来する「桃色」(ピンク)の機体はひときわ目立つ存在です。
?マーケティングの醍醐味は、商品を無理やり販売するのではなく、魅力的な広告や集客方法などの独創的なアイデアを試しながら、人々に「愛され」喜んでもらい、そして、楽しんで買ってもらえるような「仕組み」を創り出すところにあります。ピーチの「旅くじ」は、まさにマーケティングの真価を具体化した成功事例だといえます。