どんな時でも相手のことを考えて―それがプレゼンのコア(朝倉)

何かに対して全力で取り組めるチャンスというのは、学生時代には実はあまり多くないのではないかと思います。特にこのコンテストのように、締切日や審査方法などがきれいにセットされているものは少ないでしょう。競争の場というよりは、自分で自分を絞り切れるか、という観点で臨むのに、意義深いコンテストであると思います。
当時の自分たちも、「力を100%出きしきれるか」ということが気持ちの軸だった気がします。何かを“頑張り切る”、という機会にしたかったので、すべてを全力でやり切ることに真剣に取り組みました。グループとして参加している点が大きかったですね。みんなで成し遂げる、というところに主眼があり、自分たちがグループとして本気になって取り組める機会がもらえた、という気持ちが強かったと思います。ですから、本選で審査員の方に「チームワークが見られたプレゼンだった」とおっしゃっていただいたときは、すごく嬉しかったですね。

社会人になって思うのは、セットされたプレゼンばかりではでないということです。こうした会話もプレゼンだと思いますし、お客様や取引先、年上、年下、いろいろな立場の人に対して、どう依頼し、どう説明したらいいのか、その一つひとつが、その場面に応じたプレゼンなのだということが、なんとなく分かりかけているところです。学生のころにはそういう意識はありませんでした。先生方は、聞いてくれる、質問してくれるのが当たり前だと思っていたのでしょうね。社会人ではそれがまったく逆なんです。時間をもらって話を聞いてもらうわけですから。小さいことでも、相手のことを考えて話す。それがプレゼンのコアだと思いますし、それをいかに自然にできるかが大事なのでしょうね。

今、確実に生きている、プレコンでの取り組み(伊良皆)

私は海外営業の部署にいるのですが、毎日と言っていいほど大小さまざまなプレゼンテーションの機会があります。昨年、海外でプレゼンテーションをする大きな機会があって、その時にこのコンテストを思い出しました。鏡を見て自分の動作をチェックしたりして(笑)。当時でも、大学の先生に何度か見ていただいた際に、動画を撮影して自分たちの姿を実際に見るべきだと言われ実践しました。自分にある変な癖など多くのことに気づき、自分のプレゼンを客観的に見ることができました。資料作りでも、流れがあって、かつシンプルであることを意識しました。コンテストでの取り組みが、仕事のプレゼンでも生かせているという実感があります。
私たち三人はそれぞれ専攻が違い、普段の授業では別々だったんです。この三人で何かに取り組めるチャンスはなかったものですから、一つ大きなチャレンジをしてみようか、というときにグループでの参加という他に考えはなかったですね。参加にあたっても三人で話し合って決めました。時期的に忙しく苦しかったのですが、「やると決めた以上はやろう」と言い合っていたのはよく覚えていますね。実際、三人で取り組んだからこそやり切れた、とも思います。ディスカッションをしても、自分の考えてもいないアイディアが他のメンバーから出てきます。色々な発見があり、その過程そのものが楽しかった。本当にやってよかったなぁ、と思っています。

プロセスそのものが重要―大切な思い出(椎葉)

私は現在、リゾートの運営会社に勤めています。外国人旅行者の中には、英語を話せる日本人がいなくて困っている方が多くいるんですね。コミュニケーションが取れる相手が見つかると、大変喜んでくれます。慣れない地で疲れてもいるのでしょうね。そんな時に自分が接客できるというのを、とてもうれしく思います。旅行者への接客にもプレゼンと似ている側面があります。たとえば日本料理などは、英語で説明するのがとても難しいんです。表現として独特のものがありますし、直訳しても通じません。食事の合間の短い時間で説明しなければなりませんし、いかにおいしそうに、かつ的確に伝えるかが最も重要です。
もともと論理的に考えるのは苦手なタイプでした。感情的になったり、見切り発車で話をしてしまったり(笑)。気持ちばかりが先走ることもありました。このコンテストへの取り組みを通じて、理解してもらうための話し方を意識するようになりました。この三人の中では、特に役割分担というものはなく、言いたいこと言い合って進んでいく、という感じでしたが、私は特に、いかに無駄を省いて、シンプルにまとめるか、に注意していたように思います。このコンテストでは、結果としてグループの部優秀賞をいただくことができましたが、それ以上にやりきったという感じや達成感がありました。私たちにとっては、あの取り組みのプロセスそのものが重要でしたし、今でも大切な思い出です。

(敬称略)